第14話「弟子入り志願」
文字数 2,402文字
おいおい、アンリ。
「そんなに熱く見つめても、俺は男を愛せないぜ」と。
と思っていたら……
クーガーが、絶妙なタイミングでフォローしてくれた。
「ねぇ、アンリさん。さっきからずっと見ているけど……旦那様の顔に何か付いてるの?」
お澄まし顔の、野性的な美しい人妻から聞かれたら……
うん、絶対にそうだ。
「え? い、いや、お、奥様! ち、違います」
手を「ぶんぶん」横に振って、焦るアンリ。
必死に否定している。
赤くなっているのは、クーガーに対してだと思うが……
さっきまでの俺への視線は、一体何なんだ?
と、ここでオベール様もアンリへ、にっこり&アイコンタクト。
「ははは、アンリ。ケンは私の言った通りの男だろう?」
「はいっ! ですねっ! クロードおじさん」
オベール様のアイコンタクトを「がっつり」受けたアンリ。
こちらも、にっこり。
え?
俺が、私の言った通りの男って、何?
話が全く見えない俺が、首を傾げていると、アンリが急に立ち上がった。
訝し気な表情の俺に向かって、深々とお辞儀をする。
そして、
「ケン様、いきなりで申し訳ありませんが、お手合わせ願います」
「え? お手合わせ?」
「おお、手合わせか? うん、私は構わないぞ。ケン、悪いが、受けてやってくれるか」
あれ?
私は構わないぞって、何?
オベール様が即座にOKして、勝手に話が進んでる。
お手合わせって、急な!
要は、練習試合をして欲しいって事か……
ここで俺が拒否すれば、
ならば、仕方がない。
「ぐだぐだ」言わないで、即決した方が良いだろう。
「模擬試合ですね、了解です」
こうして……
俺と、騎士見習いのアンリ・バルテは、急遽『手合わせ』をする事になったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
城館の中庭……
もう夕方だから、陽は西日に変わっていた。
広々とした芝生の上で、俺とアンリは対峙している。
革鎧に着替えて、手には刃を潰した練習用の模擬剣を持って。
見ているのは、オベール様夫婦と息子フィリップ、俺の嫁ズ、そして手の空いている従士、衛兵、使用人……
結構なギャラリーを集めて、俺とアンリの手合わせと言う名の『試合』は行われる。
まあ……
やらなくても、試合の結果は……分かり切っていた。
愚かな油断だけは、絶対にしないが。
だって騎士見習いのアンリは、レベルを見たら、まだ『15』かそこら……
ちなみに、先程倒した冒険者達とほぼ同じくらいである。
だがさっきのは、良い年をした冒険者のおっさん。
長年に渡って、冒険か、喧嘩だか知らないが、キャリアだけは積んでいた。
でもアンリはまだ17歳だから、年齢を考えたら良く鍛えてはいる。
きっと一生懸命修行したのだろう。
けれど、レベル99の俺とは差があり過ぎる。
絶対に、本気を出してはいけない。
え?
お前はレベル99で、相手は騎士見習いの少年。
ほぼ実力が分かり切っているのに、何故レベル確認をするのかって?
それは、『完璧に相手をする』為だ。
当然レベル99のフルパワーを発揮するわけにはいかないし、逆に手加減し過ぎて、わざとらしくなってもいけない。
完璧に相手を……
というのは、まずアンリに自信を喪失させ過ぎず、怪我もさせずというのは必須なので。
かといって、負ける事はぜったいせずに俺が上手く勝つ事だ。
アンリはオベール家に仕えるっていう、今後の事もあるからね。
そうこうしているうちに、試合は開始されていた。
アンリは剣を構え、凄い形相で俺を睨んでいる。
「うううう~」
……しかし先程から、アンリは唸るばっかりで打ち込んで来ない。
理由は、はっきりしている。
一見、剣を普通に構えた俺に……全く隙が無い為だ。
アンリにしてみたら、攻撃するタイミングが、全然計れないらしい。
まあ、これでは、いつまで経っても試合にならないので……
俺は敢えて、剣を持つ両手を「だらり」と下げた。
わざと隙を見せる為だ。
その瞬間。
「うおおおっ!」
アンリは好機と見たのか、それとも馬鹿にされたと思ったのか、覚悟を決めて突っ込んで来た。
びしっ!
「ぎゃう!」
俺はアンリの剣を楽々と躱し、カウンターで胴に軽く打ち込む。
手加減をしているから、激痛ではないが、鈍痛くらいは感じた筈だ。
胴を打たれた痛みで態勢を崩したのと、突っ込んだ勢いがあまって、アンリは無様に転んでしまった。
しかし、結構根性はありそう。
すぐ起き上がって俺に向き直り、キッと睨むと……
再び剣を構えて、突っ込んで来る。
「たああああっ」
おお、良い気合だ。
めげなく、元気が良いのは好ましい。
しかし当然ながら、同じ光景が繰り返される。
びしっ!
「ぎゃう!」
アンリは良く頑張ったが……
同じ事が10回繰り返されると、さすがに気力と体力が尽きたのだろう。
立ち上がろうとしたが、やめてしまう。
手と膝を地面につけたまま、動けないらしい。
そして首を左右にゆっくり振る。
更に、叫ぶ。
「参った! やはりケン様は凄いっ!」
「いや、アンリも良く頑張ったぞ」
すかさず俺がねぎらうと、柔らかな笑顔を向けたアンリ。
「ありがとう」と、礼を言われるのかと思いきや……
「ケン様! わ、私を弟子にして下さいっ」
碧眼を「きらきら」させながら、アンリは嬉しそうに大声で叫んだのであった。