第1話「相談」
文字数 3,208文字
約束通り、最近は月に数回、エモシオンに通っている。
取り決めをした時、オベール様からは『勇者の宰相』だとか茶化されたが……
そんなものは社交辞令であり、本筋は『弟』フィリップの『家庭教師』がメイン、だと思っていた。
しかし……
実際に、仕事が始まると違った。
何と!
本当に『宰相』として、オベール家の政務全般に関わる事になったのだ。
城館の従士と町の衛兵にも改めて紹介されてしまった。
彼等は、『俺の部下』という事になったのである。
はっきり言って困った。
オベール様に言った通り、俺は政治には素人だもの。
スキルの中にも、政治スキルはなかった。
今でも思う。
管理神様の言っていたオールスキルって、どこがオールスキルなんだって。
はっきり言って、『盛り過ぎ』だろう……
なので、持っているのは前世における中二病と、一般的な庶民の知識しかない。
学校で勉強したのも、本格的な政治とは全く縁がないものであったし。
そんなわけで、凄い不安があったが……
でもオベール様は、約束を守ってくれて、けして丸投げにはしなかった。
初心者の俺に対し、貴族の領地経営の何たるかをいろいろレクチャーしてくれたのだ。
貰った知識を鑑みて、俺が持つ役に立ちそうな『スキル』も加えている。
こうやって、『政治』のスキルを自分で作れっていう事かな?
宰相といっても、戦う方の実力も示した方が良い……
そのまま戦うと洒落にならないので、手加減して模擬訓練をやった。
すると、俺の『そこそこの強さ』を体感して、従士や衛兵達も納得してくれた。
これで、『新参者の口だけ野郎』だと、馬鹿にされる心配はなくなった。
あまりやり過ぎると、『評判』になって王都へ『通報』されるから、充分気を付けてはいる。
意外だなあと、驚いたのは……
登用するのに乗り気だったオベール様だけではなく、奥様のイザベルさんも、俺を相当頼りにしている事である。
改めて聞けば、『宰相』という役職に拘って、強く俺を推したのはイザベルさんだという。
そんなわけで、城館における人間関係もイザベルさんがフォローしてくれて良好。
ここまで、ふたりに頼られたら、俺はオベール家の為に頑張るしかない。
まあ将来、村長になった時にも、オベール家との良好な関係と経験は役に立つ筈だ。
という事で、オベール家の方は良いとして……
残る問題は、ボヌール村の将来。
俺の根っこは、あくまでボヌール村だから。
都会嫌いな俺にとっては、のんびりした今のボヌール村の雰囲気は大好き。
だから個人的には、あまり発展し過ぎて欲しくない。
前世に住んだ都会やこの国の王都のように、「ぎすぎす」して欲しくはないのだ。
しかし公の立場である村長代理としては、少しでも豊かで安全な生活を確保し、村民全員に幸せになって貰わねばならない。
なので、そのさじ加減が難しい。
誰かが、言っていたけれど……
この世は突き詰めれば、人と金。
更にどちらが先なのかは、何とも言えない。
所詮、コロンブスの卵なのだろう。
人といえば……
以前テレーズが来た時に、村のモチベーションは異様に上がり、団結心も固くなった。
そう!
改めて実感した。
ボヌール村の未来を切り開き、しっかりと支える為には、若く新たな人材がもっと必要なのであると。
現状では、ぽつぽつと移住者は増えているけれど、まだまだ足りない。
俺が、8人の嫁ズとの間に子供を7人作り、もうすぐ8人目も生まれるけど……
相変わらず、ボヌール村の年配者中心の人員構成は変わらず……
いわゆる、少子高齢化なのだ。
このまま、放置はまずい。
何か、手を打って行かねばならない。
解決する為に、ずっと考えていた事がある。
村の経済を発展させ、新たな人材を外部から確保する。
その為の施策である。
考えがまとまった俺は、早速嫁ズと相談する事にした。
夜、例によって、お子様軍団を寝かしつけた後で『会議』を行う。
身重のグレースの為に、なるべく短く「さくっ」と終わらせよう。
先程、コロンブスの卵とは言ったが……
新たな事をやる場合、まずは資金の確保が必要だから。
これは、一石二鳥の方法がある。
それは……
「え? エモシオンの周辺で魔物の討伐を?」
驚き、聞いて来たのはリゼットである。
実は俺、以前やった『小遣い稼ぎ』を嫁ズには告げていない。
知っているのは、元女神のクッカだけである。
「ああ、オーガとか、魔物を討伐して、防具用として奴らの皮を売る。町の治安も良くなるし、資金作りには一石二鳥だろう?」
俺がそう言うと、やはり反応したのはクッカである。
「確かにそうですけど……変身して旦那様ひとりでやるのですか? 以前みたいに」
「ああ、基本的にはな……お前達が心配するから、ケルべロス達従士のうち、最低でもひとりは連れて行く。だから留守は頼むよ」
「なら……少しは安心ですけど」
クッカは、納得したようである。
何とかサポートをしたいのは、やまやまだが……
管理神様により、クッカとクーガーの能力は大幅に削られている。
昼夜問わず活躍した、以前のような力は望めない。
「まあ、旦那様なら大丈夫。私が率いた魔王軍を蹴散らしたし、あのオベロン様にも楽勝したから」
笑顔で、太鼓判を押してくれるのはクーガー。
俺の力を、完全に把握しているから。
クーガーの発言を聞いて、嫁ズの大半は安心した表情に変わった。
一方、浮かない表情なのは、レベッカだ。
「ダーリン、御免ね。狼や熊ならともかく……オーガが相手だと……多分、私は足手まといだから」
村の狩人レベッカの能力は優れているが、普通に強いレベル。
なので、魔物狩りの同行は厳しい。
オーガに対するトラウマも少し残っているし、無理はさせたくない。
「しょぼん」とするレベッカへ、俺は笑顔を向ける。
「うん! 大丈夫さ。魔法とスキルを使えば俺は疲れ知らずだし、やるのは夜だから」
「え? ダーリン、夜に討伐するの?」
レベッカは、意外みたい。
そう、最近のふるさと勇者の討伐業務は『狩り』にかこつけて昼間に行っていたから。
「ああ、夜に討伐すれば、昼間の仕事も出来て効率も良いだろう?」
「でも、ダーリンの身体が……」
「毎日じゃないから、大丈夫だって」
「…………」
「それに、スキルと回復魔法を使うから。実際、クッカとやっていたしね」
俺は心配顔の嫁ズ全員へ、改めて説明をした。
身体の方は全く負担がない事と、遥か北にある例のドワーフ村テイワズへ、魔物の皮を『卸す』方法も。
※第102話~参照。
ここで『申し入れ』をして来たのが、グレースである。
「旦那様、昼夜働くなんて辛すぎます。どうか、私のお金を使って下さい。こんな時にこそ使わないと」
確かに、俺はグレースの『財産』を預かっている。
ざっと金貨数千枚という、大金である。
「でも、いざという時の、お前の個人財産だぞ」
「こういう時が、『いざ』ですよ」
「ありがとう! 分かった、考えておくよ。でもエモシオンの周囲が安全になるのは良い事じゃないか?」
「確かにそうですね。でも困ったら遠慮なく使って下さい、約束ですよ」
「了解! お金の方はジョエルさんやオベール様にも相談しようと思っているから……じゃあ、本題に入るぞ」
嫁ズの、様々な温かさを感じながら……
いよいよ俺は、肝心の『施策』の説明を始めたのであった。