第5話「見抜かれてる!」
文字数 2,670文字
翌朝というか、まだ時間は夜明け前。
ぐっすり寝ていた俺は、フレデリカに起こされて食事の間へ向かう。
あちらの世界では、自宅のベッドで寝ている筈なのに……
夢の中でまたも寝るなんて、何か変な感じ。
……まあ良いや、細かい事は考えないでおこう。
ちなみに何故こんなに早く起きるかというと、今日は『試練』という奴をクリアする為。
すなわちフレデリカが、アールヴの長ソウェルになる為の実績作りをする。
その手助けをする為なのだ。
ちなみに、何も俺とエッチして子づくりするだけが、実績作りではない。
他にも、やらなくてはならない事が結構あるという。
詳しい話は後でと言われたが、雰囲気ではどこか遠方へ出かけるらしい。
フレデリカの部屋を出て到着した、食事をする場所はとっても大きかった。
ボヌール村の我が家も居間はそこそこ大きいが、こちらは王族に近いアールヴ貴族が暮らす王宮のような屋敷。
当然、比べ物にならない。
うっわ!
改めて見渡したら、ざっとファミレス大型店くらいの広さがある。
部屋の真ん中には、巨大テーブルがど~ん。
ああ、上座が霞んで見える。
いわゆる『お誕生日席』に座る人は凄いんだろうな。
どうせ、昨日お会いしたソウェルのシュルヴェステル様でしょ?
そんな事を考えていたら「ぐいっ」と手を引っ張られた。
あれ?
フレデリカ様、どちらへ俺を連れて行くの?
ずるずると引きずって、首を傾げる俺を座らせたのは端っこの席。
え?
ここは……どこ?
って!
さっきの、あの上座じゃないか!
向こうのテーブルの端っこが遥か遠くに見える……
当然ながら、焦る俺。
「おいおい、こんなところ座れないよ」
「いいえっ、勇者様は一番上座だと決まっていますから」
「そう……なんだ」
有無を言わさない雰囲気のフレデリカ。
彼女は可愛いだけのアールヴ美少女じゃない。
昨夜といい、押しの強さは超が付く一級品だ。
でも何故か、上座の俺の隣に無理矢理座った。
身体をぴったり密着させている。
そんなこんなしていたら、フレデリカの祖父シュルヴェステルと父マティアスが入って来た。
ふたりに気付いたフレデリカが大きな声で挨拶する。
「あ、お祖父様、お父様、お早うございま~すっ」
「お早う、フレッカ」
「おお、フレッカ、今朝は一段と元気が良いな」
あれ?
フレデリカの祖父と父は、何か料理の載ったトレイを持っている。
最近俺の家では、食事の配膳と片付けは自分自身でやるのが基本である。
子供の躾けの為だが、彼は貴族。
使用人がやる仕事じゃないの?
きょとんとしていると、コトンと音を立てて俺の目の前にトレイが置かれた。
「勇者様がいらしゃるので人払いをしました。これが貴方の食事です」
マティアスの言葉を聞いてトレイを見ると、何かの肉と野菜を煮込んだスープに、ライ麦パンという簡素な食事が載っていた。
これではボヌール村の食事と変わらない。
アールヴ貴族って、普段からこんなに堅実に暮らしてるの?
トレイを見つめる俺の疑問を、マティアスが説明してくれる。
「試練を受ける日は『粗食』を摂ると決まっているのです。私と父も付き合うと決めました」
粗食?
成る程……
そうか、そうだよな。
地方領主のオベール様でさえ、もっと良い食事をしていた。
王族に近いであろうこの家が、こんなに質素なわけがない。
「うふふっ、こんな食事でもケン様が居れば平気だも~ん」
相変わらずフレデリカが甘えて来る。
腕をしっかり組み、繋いだ手の指を絡める。
こんな食事ねぇ……
俺は普段からこんな食事だけど。
ありがたく、美味しく頂いている。
まあしょうがないか。
この子は貴族育ちだから。
俺の思いはさておき、フレデリカの熱いイチャを見た父が目を細める。
「うんうん」と頷いている。
どうやら俺とフレデリカが、絶対にエッチしたと思い込んでいるらしい。
果たして良いのだろうか?
「やっていません」とちゃんと正直に申告した方が、後々、平和に暮らせるんじゃあないだろうか?
実はさっきそういう話をしたら、フレデリカにきっぱり却下された。
誤解を招かない為、俺は説明したかったのにフレデリカに押し切られてしまったのだ。
約束したので、ここは仕方なく沈黙……
俺はただ「にこにこ」するだけ。
そのうち食事が始まった。
父は機嫌が良いが、祖父のシュルヴェステル様は俺をじっと見ている。
何か、微妙な雰囲気。
と、その時。
『勇者様……念話は使えますな?』
使えないとは言わさない雰囲気。
ああ、分かった!
フレデリカはこの祖父似だ。
この押しの強さ。
『は、はい……』
『ならば、お聞きしたい』
『…………』
何かヤバイ雰囲気……
『あの子の放つ
『え?』
『フレデリカは……いまだ処女のまま……ふむ、何故あの子を抱かなかったのですかな?』
うっわ!
いきなり直球、来たぁ!
仕方がない、正直に言おう。
俺は昨夜、フレデリカへ伝えた通りに話した。
すると……
『ははは、貴方は誠実だな』
『そうでしょうか?』
『ふむ……ならば、告白ついでに話して下さい』
え?
何か、もっとヤバ~イ雰囲気。
『貴方の事も波動で分かる』
『…………』
『貴方はアールヴではない……正体は、擬態した人間だ。そうであれば全て辻褄が合う……貴方とフレデリカの間に出来る子供は純粋なアールヴではないからな』
『…………』
ここは沈黙するしかない。
ノーコメントに徹するしかない。
さすがの俺でも分かる。
ここで余計な事を言ったら、俺を派遣した女神のケルトゥリ様に迷惑がかかるって。
しかし念話は魂と魂、心と心の会話。
俺の考えは全て見透かされてしまったらしい。
でも……何故かシュルヴェステル様はそれ以上、追及しては来なかった。
俺に甘えるフレデリカを見て、傍らに居る父親同様に目を細めたのである。
「我が孫フレデリカを……今日は頼みましたぞ」
7千年を生きた偉大なるアールヴのソウェルはそう言うと、俺にも笑顔を向けてくれたのであった。