第4話「驚愕」
文字数 2,589文字
本当はオベール様へは、一生伏せておこうかと思った話だ。
いわゆる『墓場の中へ持って行く話』かと思ったが、ある嫁の妊娠がきっかけで決意した。
伝える際、あまり複雑で回りくどい言い方は良くないが、単刀直入過ぎてもいけない。
まずは、簡単な前振りからである。
「親父さん、オベール家かつての寄り親ドラポール伯爵家が、王家により取り潰しになった件は知っていますね」
「無論だ」
ドラポールと聞いて、オベール様は深刻そうに眉をひそめた。
いろいろと嫌な思い出がよみがえり、頭をよぎるからだろう。
ん!
でも、とりあえず掴みはOK。
多分オベール様は、王都であの悪辣な3兄弟及びヴァネッサが、行方不明になった事も知っている。
ならば、ここで、再び念押しだ。
「じゃあ、改めて言います。落ち着いて聞いて下さい」
「さっきから何度も落ち着けとは? ……婿殿、一体、どういう事だ?」
さすがに「ちょっとしつこい」って、イラっとしたのだろうか。
まあ、話し相手が念押しする理由が全く分からなかったら、こんな警告に対してはしごく自然な反応なのだろう。
では、直球ズバンと行きまっす!
「はい! じゃあ単刀直入に言いますね。……いろいろな事情があって、親父さんの前の奥様ヴァネッサさんは無事です。現在はボヌール村に居ます」
「は!?」
オベール様、どんぐり目状態。
別れて、行方不明の前妻がボヌール村に?
一体、どういう事だ?
って、顔いっぱいに描いてある。
急に言われて、さすがにショックがでかいのだろう。
俺が話したかったのは、グレースことヴァネッサの行方と顛末。
オベール様は現在幸せ絶頂だが、行方不明となった前妻ヴァネッサの事だけが心残りだったらしい。
心優しいオベール様は全く悪くないのに、ヴァネッサを不幸にしてしまったのは自分だと思い込んでいたのである。
当然だが、今回話すにあたっては、グレースともちゃんと話をした。
グレースはしっかり自分の意思を示した上で、俺に任せると言ってくれたのだ。
話す内容は、少しだけ割愛&脚色している。
一連の事を、俺がいろいろやったと知れると、後でややこしいので。
申し訳ないっす、一部を管理神様のやった事にしますから、許してね。
「ええっと、親父さんには信じて貰えないかもしれないのですが、奇跡が起きたんですよ」
「き、奇跡!?」
「はい! 実は一緒に神託もありました。神様がヴァネッサさんを悪人から助け、姿を変え、記憶を失くして俺へ預けたんです。そう告げられました」
「な、何ぃ!!!」
ああ、オベール様、吃驚し過ぎて息が荒い。
驚愕って言うんだ、これ。
ぜ~、ぜ~、息してる。
もしかして、ヤバイ?
「親父さん、少し落ち着いて下さいよ。良いですか? 大きく深呼吸して下さい。もし苦しかったら言って下さい、俺の魔法で治癒しますから」
「だ、大丈夫だ…………」
俺の
あまりにもショックが大きくて、「わああっ!」と叫びたいのを、何とか踏みとどまっているって感じだ。
オベール様は、俺に言われた通りに大きく深呼吸こそしなかった。
だが、「す~は~」と呼吸を軽く整えてくれた。
暫し見ていたら、大丈夫そうだ。
なので、粛々と話を進めよう。
「分かりました。では話を続けますね。記憶を失ったヴァネッサさんは名前をグレースと変え、俺の家で使用人としてずっと働いていました」
「…………」
「当然、貴方の娘、つまり俺の嫁であるソフィことステファニーも、ヴァネッサさんと一緒に同じ家で暮らしていました。でも今や喧嘩などせずお互いを慈しみ、まるで実の姉妹のようになっています……記憶を失ったヴァネッサさんを、ちゃんと元の母親だと認識した上で」
「ば、馬鹿な!」
いろいろと盛ったり、脚色しているが……
一番大事な事を伝えなくてはならない。
それはソフィと、グレースが作り上げた魂の絆である。
「言っておきますが、俺の魔法で、ふたりの仲が上手く行くようにしたなんて事は絶対にありません。ステファニーも、事情を神様からの神託で知ったんです。ヴァネッサさんの過去を……親の強制した政略結婚によって狂わされた人生をね」
「…………」
オベール様は、黙り込んだ。
結婚して、ヴァネッサと夫婦になっていた時の事を思い出したのだろう。
彼がどこまでヴァネッサの辛い過去を、聞いているか分からないが……
絶対ある程度聞いていて、同情が愛情の深さに比例したと容易に想像出来る。
「ステファニーは俺に言いました。ヴァネッサさんの過去が……妾として王都へ送られた自分と、まるで一緒だと……でも元々ふたりの仲は最悪でしたから、さすがにヴァネッサさんが来た当初は、とりあえず面倒だけはみるという感じでしたよ」
ここで、オベール様が口を開く。
出て来た話はヴァネッサの事ではない。
何と!
ステファニーが人身御供として、王都へ送られた事に対する懺悔である。
「ああ、そうだ! 今でも私は思い出すと……死にたくなる…………王都へ送られる事が決まり、目を真っ赤にして泣いていたステファニー……あれから長い時が過ぎ、あの子は私を許してくれているとは思うが……父としては到底顔向け出来ない。私はステファニーを、まるで道具のように売ったんだ……」
オベール様は、やはり心にいくつか傷を負っている。
傷は……ヴァネッサの件だけではない。
愛娘ステファニーを家名存続の為に、寄り親であるドラポール伯爵家へ、妾として差し出したのもそのひとつだ。
俺は、少しでも傷がふさがるようケアしてやらねばならない。
「大丈夫です。ご存知のように、妾にされる前に俺がしっかり救い出しました。そしてステファニーも貴族の子ですから、親父さんがやむなくそうした事情を理解しています。俺、何度も彼女から聞かされましたから」
「はぁ…………」
俺が安心するように伝えても……
オベール様はまるで苦い血を舐めたような表情をして、またも黙り込んでしまったのである。