第6話 「始動」
文字数 2,303文字
まるで、初めてエモシオンの町へ来たかのように、キョロキョロしながら。
俺達の演技……どうだろう?
え?
ハム?
大根?
分かってます、下手な役者っすよ、どうせ。
「お~い、止まれ。お前達、ちゃんと並べよ」
さっきと同じ門番が、一見不慣れそうな俺達へ声を掛ける。
別人になりすましたクーガーだが、我慢し切れず吹き出してしまう。
「うぷぷ……」
「おい、駄目だろ。いきなり笑っちゃ……」
「え~っ、だってぇ!」
「何だ、女。何が可笑しい? 俺を馬鹿にしているのか?」
あらぁ、案の定、門番はおかんむりだ。
そりゃ、理由も分からず笑われると怒るのは当然だろう。
怪しまれても困るので、俺は慌てて取り繕った。
「い、いや、誤解さ。彼女は馬鹿になどしていない。ええっと、入場手続きが必要なんだな」
「当たり前だ! むう、お前達見た所、冒険者のようだが……名前は?」
「ええっと……」
あ!
しまった。
昔と同じ失敗をまた、やっちまった。
どんな変装するのか頭が一杯で、名前までは、考えてなかったぞ。
その瞬間!
「彼はノブナガ、私はキチョウ」
クーガーが「しれっ」と名前を言う。
信長? 帰蝶?
おいおい、こういう冗談は通じない異世界だぞ。
「はぁ!?」
俺が思った通り、門番は呆れたように大きく目を見開いた。
しかし、クーガーも空気を読むのは上手い。
「冗談でっす。彼はジョージ、私はエミリーです」
「お前等、さっきからわけの分からない事を……もしや酒でも飲んでいるのか?」
「御免なさ~い! 大人しくしますから入場手続きお願いしま~す」
クーガーは、俺に片目を瞑った。
悪戯っぽい笑みは変わらない。
『旦那様、良いよね名前、ジョージで!』
念話で、俺に告げるクーガー。
多分、名前は適当な思いつきだろう。
どうせ仮の名だし、全然構わない。
『ああ、OKだ。俺はジョージ。お前はエミリーだよな』
『うふ、そうよぉ!』
珍しく、クーガーがはしゃいでいる。
いつもは、典型的なクールビューティなのに……
さっき、ケイドロの話をしたせいか?
入場手続きが済んだ俺達は、入場税を払ってから、改めてエモシオンの町へ入る。
お詫びとして、少々金を摑ませた門番から、さりげなくドラポール一味の話を聞いた。
一味も、元はオベール様の従士である。
門番は、当然ながら顔を知っているからだ。
「何かさ、オベール様の従士様が帰って来たって聞いたけど」
「従士様? ああ、確かに町へ来たけど彼等はもうオベール様の従士じゃない。ちらっと聞いたら、もっと良い勤め先が見つかったらしいよ」
「へぇ! 良い勤め先ねぇ」
「ああ、すっかり雰囲気が変わって、まるでお前達と同じ冒険者だな」
「へぇ? そうなんですか」
彼等は昼間は市場をぶらつき、夕刻には
俺達は門番に礼を言うと、離れた場所で作戦を練る。
「じゃあ、まずは市場へ行ってみよう。奴等が一体何をしているか確認だ」
「了解! その後は聞き込みだね」
俺とクーガーは頷き合うと、軽やかに歩き出したのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
門番によれば、オベール様の元従士であるドラポール一味は、冒険者風だという。
俺とクーガーが、市場で『それらしき奴等』を探したらすぐに見つかった。
鋭い目付きをして、何人もたむろしている。
遠目から暫く見ていたら、やはり行動が怪しい。
市場の商人達へ、何かこっそりと囁いたり、いきなり怒鳴り散らしたりしている。
相手が、迷惑そうな顔をしても一切無視。
商人達も、彼等が元オベール様の従士だと知っているから、むげに出来ないのだろう。
それを良い事に、やりたい放題だ。
果たして、何を言っているのか?
俺が内容を聞き取ろうと、聴覚を数倍にしたら、奴等の発言内容が分かった。
耳に入って来たのはオベール様から受けた馬車馬のような仕打ち、悪口雑言に加え、他領への移住勧誘などであった。
全て根も葉もない噂、真っ赤な嘘、そしてとんでもないデマだ。
もしかしたら、昔はやっていたのか?
でも今は違う。
これで確定!
彼等がやっているのは、誰も文句のつけようがない、完全な破壊工作である。
だが、衛兵は見てみぬ振りだ。
もしかしたら、何か弱みでも握られているか、既に洗脳されているかもしれない。
こんな外道共には、すぐにでも天誅を食らわせてやりたかった。
だが、俺とクーガーが今、出て行って正義の味方になるのはまずい。
あまりにも、目立ち過ぎる。
時刻は、もうすぐ夕方である。
まもなく奴等は、
ここは、我慢の待ちだ。
やがて……
午後五時になった。
案の定、奴等は顔を見合わせると、市場から引き上げて行く。
本日の作戦は、もう終了という事なのだろう。
やっと解放されたという市場の人々は、顔にどっと疲れが出てしまっている。
これでは、いずれパンク確定だ。
俺とクーガーがこっそり奴等の後をつけると、やはり一軒の居酒屋へ入って行く。
飯を食うついでに、明日やる悪巧みでも相談するに違いない。
この店で、さりげなく奴等に接触しよう。
俺はクーガーに合図をして、ふたりで店へ入ったのであった。