第20話「心配する親友」
文字数 2,140文字
俺との旅行を思う存分楽しんだクラリスは、
「一生忘れられない思い出!」と言ってくれたから。
無論、俺も彼女と同じ気持ちである。
そして、意気揚々と、ボヌール村へ引き上げて来たクラリスは、ハーブ園を含めた農作業こそ普段通りこなしているものの……意外な行動をとった。
何と!
ライフワークともいえる『服作り』を、弟子であるサキとタバサに、ほぼ任せてしまったのだ。
「任せる!」と告げてから、師匠のクラリスがやったのは、デザインの基本指導と簡単なフォローのみ。
最終デザインの決定、生地の裁断と縫製、仕上げはサキとタバサに一任された。
ならばクラリスは、その分の空いた時間をどうしたのか?
彼女は……旧自宅の『アトリエ』にこもった。
新作の絵を描く事に、専念し出したのだ。
それだけではない。
サキとタバサは、アトリエでの作業を止められてしまった。
ようは、暫く、アトリエには立ち入り禁止という事。
仕方なく、サキ達は授業がない日の『学校』で作業を行っている。
そんなふたりを、たまに手が空いたクッカが手伝っているという状況だ。
前から何度も言っているが、クラリスは天才。
更に、バランス感覚に長けた女子でもある。
今迄は、様々な仕事を均等に器用にこなして来た。
他の仕事を犠牲にし、何かひとつの仕事に集中した事などない。
それにクラリスは優しい。
優し過ぎるくらいに、優しい。
サキ達への対応は、考えられないくらい冷たく見えてしまう。
こうしたクラリスの極端な変貌に対し、当然他の嫁ズは気にしてしまう。
中でも親友のリゼットは、本人へ直接聞いたそうだ。
アトリエに向かうクラリスをつかまえ、
「クラリス、教えて。サキやタバサまで締め出して、何の絵を描いているの? もしかしてレイモン様から頼まれた絵?」
「リゼット、ごめんね。ノーコメントです」
「え? 何? ノーコメントって?」
「ええ、もう少し待ってくれる?」
「私にも言えないの?」
「ええ、ごめんなさい……急ぐから、じゃあね」
「…………」
クラリスと会話をした日の晩、リゼットは少し辛そうだった。
俺に相談し、愚痴も吐いていた。
ちなみに王都におけるレイモン様のやりとり一切は、嫁ズにだけは伝え、共有している。
「ふたりだけで話したい」と、ある日の晩、リゼットは俺へ声を掛けて来た。
相談内容は、やはりクラリスの事。
俺の私室でふたりきりになって、リゼットは大きなため息をついた。
「あんなクラリスって、初めて……私にまで隠し事するなんて、何か、ショックだわ……」
「そうか……」
「そうかって……旦那様は、何かご存知なのですか?」
「ああ、俺にも『内緒』って言ってた事かな」
記憶を手繰った俺は、白鳥亭でクラリスが言った事を思い出していた。
確か、あの日書店でも俺には見せない、内緒の本を買っていた筈だ。
「旦那様にも、内緒って……あの子、大丈夫でしょうか?」
「多分……クラリスの心は読んではいないが、変な波動は出していない」
「成る程……」
俺が案ずる事はないと言ったら、リゼットは渋々受け入れてくれた。
何故ならば、リゼットは俺の『マイルール』をよ~く知っている。
例の『人の心をやたらに読まない』というマイルールだ。
でも、万が一の緊急事態には、俺が問答無用で心を読む事も知っているリゼット。
今回、俺はクラリスの心を読んでいない。
だから、とりあえず安心し、一旦矛を収めたのである。
一方……
俺には、何となく分かって来た。
クラリスは……王都でレイモン様に刺激を受けたのだと思う。
自分の描いた絵が、レイモン様の人生を救ったという事実に大きな感銘を受けたのだ。
それ故、次には俺達家族に対し……
自分の絵を使って、何か『サプライズ』を起こそうとしているに違いない。
サキとタバサをアトリエから締め出し、服作りを任せた件も理解出来る。
一見冷たいようだが……
サキ達と半年以上一緒に、『服の仕事』をしたクラリスは、『抜き打ち試験』を行ったのだ。
何も前振りなしで、いきなり自分の力だけで……
もうひとつ上のステージへ、サキとタバサを上らせようとする為に。
いわばクラリスなりの……『愛の鞭』なのであろう。
ここまで考えた俺は、改めてリゼットを安心させる事にした。
「リゼット」
「はい!」
「大丈夫、この状態は長くは続かない。クラリスはお前に言ったんだろう? もう少しだって」
「ええ、確かにそう言いました」
「多分だが、もう少しというのは、絵が完成する時だ。……それまで待ってやろうよ」
「分かりました……」
「大丈夫! クラリスの事だ。絶対素敵な事を考えているのさ。俺は彼女を信じる」
「はい! 私も……クラリスを信じます」
本音は、まだ不安なのだろう。
しかし、リゼットは元気な声で返事をしてくれた。
クラリスを、そして俺を信じると告げてくれたのであった。