第23話「俺の店に来ないか?」
文字数 2,425文字
こちらは、城館で行われている、すもうの熱戦に対する歓声とはまた違う。
何ともいえない『にぎやかさ』に包まれている。
先に『耳』で確認した通り、様々な鳴り物が響き、面白そうな大道芸がたくさん行われていた。
おどけた仕草で笑わせる道化師、とんでもなくアクロバティックな動きを見せる軽業師、華麗な舞いを見せる踊り子、不可解な事を次々に起こす奇術師等々……
あちこちに大人と子供の人だかりが出来ており、 浮き立つようなムード がある。
ああ……
凄く懐かしいや……
こんな西洋風の大道芸なんて、俺は全く見た事がないのに不思議だ。
……ひどく郷愁をそそられてしまうのは、何故なんだろう?
少し考えて分かった……
きっと、目の前の喧噪の中に、子供の頃の俺が居るんだ。
何となく……もう遥か遠くに行ってしまって、二度と戻れない、自分のふるさとを思い出す……
俺は郷愁を感じると共に、つい本音が出る。
混ざりたいって……
「アンリ、こっちは、こっちで凄く楽しそうだな」
「はいっ!」
元気に返事をしながら、アンリもいろいろな方向へ、視線を走らせていた。
はは、すぐに分かる。
業務確認の為だけじゃない。
アンリもそう。
中に、混ざって、楽しみたいってオーラがバンバン出まくり。
だからアンリが気にしないよう、先手を打つ。
まず俺が、自分の本音を見せてやるのだ。
「ははは、俺は遊びたいぞ、アンリ」
と、振ったら、アンリもにっこり。
もう、俺とこいつはツーとカーだ。
「全くです! 仕事さえなければ、童心に帰って遊びたいですよ」
「激しく同意だ」
「うう、ケン様、辛いです……」
という会話を、俺とアンリのふたりでしながら、また歩いて行く。
俺はふと、留守番をしているグレースと子供達の事を思い出す。
ここへ連れて来て、一緒に遊んだら凄く喜ぶだろうって……
まあ今回は、いろいろな状況を考えたら、家族全員参加は難しかった。
グレースとの約束もあるし、とりあえずは、何かボヌール村でもやれる事を考えようと思う。
一方……
気になった、蚤の市も大盛況であった。
人が集まるって情報を、素早くキャッチした商人達が持ち込んだ、珍しい国外のたくさんの食料品、嗜好品を筆頭にして……
古物商や素人さんが持って来た魔道具、骨とう品、古本等々、普段はこの町で見られないような、大量の商品が並べられ、活発にやりとりが行われている。
相乗効果で、市場も各商店もにぎわっていて、店主達は嬉しい悲鳴をあげていた。
ああ、凄いな、『祭り』って……
俺は、郷愁の次に達成感も覚える。
普段は、僅か1,500人しか居ない町なのに、その倍以上の人が満ちているから。
人々の、楽しそうな笑顔を見たら、すぐに分かるもの。
『祭り』は間違いなく、大成功だって。
そうこうしているうちに……
見覚えのある人物が居た。
中央広場のベンチに座り、所在なしに空を見上げている。
アンリがその人物をチラ見し、俺に囁いて来た。
「ケン様、カルメンですよ」
「ああ、本当だ」
「スルーしましょう。下手に絡まれると厄介ですから」
先程あった『やりとり』を教えたので、アンリは「うんざり」した表情だ。
ただでさえ急いでいるから、彼の言う通り、無視するのは当たり前かもしれない。
だけど……
「いや、あいつ、誘ってやろうぜ、暇そうだし」
「え? ケン様? い、いや、な、何を?」
と、吃驚するアンリを残し、俺はベンチに座るカルメンに近付いた。
そして、話し掛ける。
「おい、カルメンさん」
「…………」
俺が声を掛けても、こっちを「じろっ」と見るだけで、カルメンは無言だ。
睨む目付きが怖い。
眉間に皺も寄っていた。
まだ何か俺に対し、というか……
先程の勝負に関して、思う部分があるらしい。
逡巡したアンリがやっと追いついて来て、背後でやりとりを見守っていた。
ここで俺は、変化球を投げてみる。
「おい、カルメンさん。俺の店に来ないか?」
「え? 店?」
案の定、驚くカルメン。
俺は、「にっこり」笑って念押しする。
「ああ、店だ」
「な、何だ、あんた、領主に仕えているのに、何故店を?」
まあ、カルメンにしてみたら当然出る疑問だろう。
それを狙って、変化球を投げたのだから。
でもここで、正解は教えない。
「ははは、内緒だ。来たら教えるぞ」
「ふ、ふん! だ、誰が行くか、そんなの知りたくない!」
これも予想通りの、拒否の答え。
しかし俺は、またも一計を案じる。
「おお、もう昼だな。カルメンさんも、腹が減ったろう?」
と言えば、やはり、
「腹なんか、減ってないっ! あたしに構うな」
とまた拒否。
でも俺は更に、
「ウチの店はさ、すっごく美味い料理があるぞ」
「…………」
無言のカルメンだったが、間を置かず……
ぐ~……
カルメンの腹が鳴った………
「あ!」
カルメンは小さく声をあげ、俯いてしまった。
おお、作戦成功。
いや、大成功だ。
カルメンの奴、真っ赤になっているもの。
何だよ、想像以上に、可愛いところがあるじゃないか。
こうなれば、しめたもの……
俺は、いきなりカルメンの手を握る。
「ひえ!」
あはは、またまた可愛い声で驚いてる。
見かけはごつい戦士だけど、中身は可愛い乙女だな。
俺は、ベンチに座っていたカルメンの巨体を、「ぐいっ」と引き上げると、
「行くぞ!」
と、短く告げて、強引に引っ張ったのであった。