第15話「妖精夫婦の正体」
文字数 2,487文字
と、ここで俺に近付いて来たのはジャンだ。
何か、言いたい事があるらしい。
「ケン様、今迄黙っていましたが、その方とテレーズ様は、俺達、妖精界ではやんごとなき方ですよ」
「……分かっている」
「でもケン様なら……きっと上手くやってくれる。俺っちは信じてますよ」
ジャンの忠告は有難い。
内容は想定内だけれど、俺に対するジャンの信頼を感じるし、さりげなく気を遣ってくれるのが嬉しい。
「おう、任せろ」
俺が笑顔で返すと、ジャンも微笑む。
そしてジャンはお辞儀をすると、ケルベロス、ベイヤールと共にクーガー達の居る場所へ歩いて行った。
その間も、テレーズの夫はずっと俺を睨み付けていた。
苦笑した俺はひとつ息を吐くと、テレーズの夫へ向き直る。
今、この場に居るのは気のおける家族だけだ。
しかし、ここはテレーズの夫とふたりだけで話した方が良い。
離れてはいるが、つつぬけにならないよう、俺は念話で話す事を決める。
『おい、あんた』
『!!!』
『聞こえたかもしれないが、俺とあんた、男同士サシの話し合いだ。他へ聞こえないよう念話で行くぞ』
『…………』
俺が念話まで使えるのを知って、テレーズの夫は益々吃驚したようであったが、相変わらず黙っている。
『今から、束縛の魔法は解く、だから起き上がって俺の方を向け』
俺は伝えた通り、束縛の魔法を解いた。
テレーズの夫は起き上がり、俺を見た。
自分との実力差を思い知ったのであろう。
暴れたり、魔法を撃つとか、抵抗はして来ない。
ただ睨み付けて来るだけだ。
しかし、改めて俺が見据えると……「ふいっ」と目をそらしてしまう。
完璧、俺に負けたのに相当なプライドだ。
なので、はっきり言ってやる。
『おい、目をそらすな。あんたにとって大事な嫁を迎えに来たのだろう? ならば俺の目をしっかり見て話すんだ』
そう言うと、テレーズの夫は無理やりという感じで、俺を見た。
まだ虚勢を張って、睨んではいる。
だが、圧倒的な俺の力に恐れをなしたのか、少し怯えの表情が見える。
『…………』
『ジャンが、ああ言っていたが、身分とかそんなの関係ない。あんたとは対等な男として話すぞ』
『…………』
『まずは、あんたが置かれている状況と事実を認識しろ』
『…………』
『状況として、あんたは素直に俺と話をするべきだ』
『…………』
『次に事実だ。俺は管理神様に依頼されてテレーズを預かっている。そして家族でテレーズの面倒を見ながら暮らしている。更に、テレーズに対して、やましい事は一切していない』
『…………』
テレーズの夫は、黙っている。
沈黙は肯定の証だ……という事は今迄起こった事象を認識はしているのだろう。
『さっきの態度で分かったが……テレーズはあんたの事を深く愛している。だからあんたが態度を改め、テレーズを大事にすると誓えば、返してやるさ』
『…………』
『改めるといえば、今更だが改めて名乗るぞ、俺はケン・ユウキ……人間だ』
『…………』
まだ奴は、黙っている。
これでは話し合いにならないし、俺もさすがに頭に来た。
といって暴力なんか使わない。
このような時は……『戦慄』のスキルだ。
『おい! ここまで礼を尽くしているのに、分からない奴だな……なら、黙ったまま……死ぬか? テレーズが泣いたって、俺は容赦しないぞ』
俺が「びしっ」と睨み付けたら……テレーズの夫もさすがに態度を改めた。
『わ、わ、分かった! よ、余は……オ、オベロンだ』
……やはり、そうか。
さっき、ジャンが言った意味がはっきりした。
まあ、俺も薄々は感じていたけど。
ちなみにオベロンは、全世界のあらゆる妖精を統括する妖精王だ。
覚悟を決めたらしいオベロンを、俺はじっと見つめた。
相手を見つめ、改めて認識した。
テレーズの夫は……妖精王オベロン。
俺は根っからの中二病だから、名前はさすがに知っていたが、初めて会って吃驚した……
オベロンって、すっごい『おいこら夫』……
とても傲慢で、「人間なんかカス!」って見下していた。
全然話も聞いてくれないから、散々なだめすかして、最後は脅して……
『力技』と言えなくもないが、やっと対等に話す状況を作る事が出来た。
普通に、最初から平和的に話すに越した事はないが……
正当な理由もなく、相手がいきなり暴力を振るおうとした時には、話し合いだけで解決出来るものではないのだ。
そして……夫がオベロンだという事は、もう分かる、はっきりした。
いきなり森の中に現れた妖精美少女。
管理神様から託された、我がユウキ家の可愛い家族。
今や俺の娘、もしくは妹に等しいテレーズの正体は……妖精女王ティターニア。
そういう事になる。
今回家出した理由とは全く違うが、ふたりが夫婦喧嘩するのは有名な話だ。
でも、相手の正体がはっきりしたからには、考えていた事があった。
いきなり俺は、深く深く頭を下げたのである。
『オベロン様、脅かして悪かった、申し訳なかった! 貴方が話し合いに応じるのであれば、今後は貴方の事を王として礼は尽くさせて貰う。言葉遣いだけは相変わらず行き届かないが……』
一転、俺が詫びたら……オベロン様、吃驚してる。
『貴様! い、いや! そ、そなた! どうして謝る!?』
俺の豹変に驚いたオベロン様、口をパクパクしてる。
切れ長の涼やかな目も、どんぐりマナコになっている。
しかし俺は、構わず話を続ける。
『謝る理由は簡単、俺が無礼を働いたから。何故無礼を働いたか? それは貴方が最初、平和的に話をしようとしなかったし、テレーズに対する横柄な態度も嫌だったからね』
『…………』
俺がそう言うと、オベロン様はまたも黙り込んだのであった。