第9話「夢と気合」
文字数 2,579文字
朝食後、ゆっくり紅茶を楽しんでから、俺と嫁ズは城館を出た。
このエモシオンの城館は、中世西洋の典型的な町と同じ位置にある。
一番奥、町を見下ろす高台にあるのだ。
そう言うと、町中へ出るのが億劫なイメージだが……
実は、さして大変ではない。
俺が前世住んでいた都会や王都と違い、エモシオンは人口が約1,500人の小規模な町だもの。
少し歩けば、すぐ正門のある防壁に行き当たる。
さてさて、今日も天気は快晴で、歩くのには最高。
頭上を見れば、ボヌール村同様、雲ひとつない大空が広がっていた。
かと言って、風もさほど強くない。
爽やかな風が、俺達の頬を撫でる。
うん、オベール様との約束通り、一番遠い店からチェックするか。
懸案事項である経費のひとつ、家賃の件が解消した。
なので、俺は気がとても楽になっている。
他にも、解決すべき問題は、まだまだあるけれど。
「ねぇ、旦那様、ちょっと……」
美味しくて、身体に優しいハーブを飲ませる、洒落たカフェをオープンする。
昔から温めていた夢が、もしかしたら叶うかもしれない……
リゼットが、浮き浮き気分で聞いて来る。
「店を選ぶにあたって、注意する点を教えて下さい」
続いて、他の嫁ズもせがんで来る。
「そうそう、チェックする部分はどこ?」
「目立つのが良いんでしょ?」
「あまり狭いと嫌だなぁ」
「いろいろな商品を置きたいし」
「そうだな。俺も所詮は素人だから、本で読んだ受け売りなんだけど」
「旦那様、お願いします!」
「「「「お願いします!」」」」
5人の嫁ズが、一斉に斉唱。
元気な可愛い声が通りに響き、通行人が何事かと振り返る。
中には俺の顔も知っている者も居て、指さして噂話をしていた。
美女に囲まれた、もろリア充の状態を見て、羨ましそうな顔をする男達も大勢居る。
町の人には申し訳ないが……とても晴れやかな気分。
優しい美人嫁ズに囲まれて、とても幸せ。
日々、村で泥にまみれて地味に働く俺としては、たまにはささやかな楽しみも味わいたいから。
ええっと……話を元に戻すと、
何か、いろいろ本で読んだ覚えがあるんだけど……何だったっけ?
ああ、そうだ、思い出した。
「まずは店の前の人通りだな。人が居ないのは論外。多いに越した事はないし、店の前の道路の幅も、ある程度広い方がベストだ」
「人通り? 通る人の数ですか? 成る程」
「私、にぎやかで大きな通りだと安心します」
「確かに、人が居ない狭い通りに店を出しても、お客さんが来ないものね」
「うん! 魚が居ない所に、いくら餌を投げても釣れないのと一緒よ」
「同感です」
「次、付近には人が利用する大きな施設があると良い。この町でいえば中央広場と市場、商店街、そして創世神教会とかだな」
俺が説明をしたら、大きく手を挙げた嫁が。
案の定というか、リゼットである。
「あ、分かります! 市場を利用した人が、ついでにお茶を飲みに来る! ですねっ」
「大当たりだ、リゼット」
「うふふっ」
リゼットの、嬉しそうな笑顔を見て思い出した。
俺と結婚する前に、熱く夢を語っていた、希望に満ちた美少女の笑顔を。
あまりにもリゼットが入れ込んでいるので、他の嫁ズは『聞き役』を任せたみたい。
優しい思い遣りに触れた俺は、軽く手を挙げて、他の嫁ズへ礼を伝える。
皆、微笑んでリゼットを見守っている。
ああ、家族って良いな……
よし、説明を続けよう。
「次、店は路面店が基本、それもパッと見、目立つのが良いな」
「路面店?」
リゼットが首を傾げる。
前世の専門用語は、初めて聞いても理解するのが難しいだろうから。
「ああ、道路に、直接面している店の事。逆に空中店舗、または階上店舗という店もあって、例えば2階以上の店なんかはそう言う。地下の店も路面店とは言わない」
「な、ならば! その路面店のメリットは?」
おお、気合が入るリゼット。
身を乗り出して来ている。
俺は、可愛い嫁のやる気を見て、更に感動。
微笑んで、説明してあげる。
「ああ、さっきの繰り返しだが、路面店はパッと見て目立つ事だな。はっきり店だとお客様が判別出来るのがメリットだ。比べて2階や地下の店は、看板を出したりして工夫をしないと、そこが店だと分からない事も多い」
「ですね! 納得です!」
「後は個人の主観だけど……雰囲気も……入り易い店とそうではない店ってあるじゃないか? 当然、入り易い店が良いぞ」
「入り易い店は?」
「ああ、入り口が広くて、中の品ぞろえがはっきり見えるとか、店員の接客が元気が良くて丁寧とか、他のお客さんがたくさん入っているとか、全体的に見て、雰囲気が良いと入り易いと思う」
「はい! 私もそう思います。 じゃあ、入りにくい店って?」
「ああ、さっき言った事の逆だな。例えば入り口が極端に狭いとか、中が暗くてろくに見えないとかは論外だけど……何となく入りにくい造りの店ってあるだろう?」
「うふふ、分かります! 怪しそうなお店は、お客様はパスしますもの」
うん、OK。
じゃあ、ここでボケをひとつ。
御免、クーガー。
「あと入りにくい店が、もうひとつ、あるぞ」
「もうひとつ?」
不思議そうに聞くリゼット。
「例えばさ。入り口に、怒ったクーガーみたいな怖い店主が、がしっと腕組みして立っていたらどうよ?」
ここでお約束は、『相方』であるクッカの同意。
「昨夜の仕返しをしてやれ」って、波動が伝わって来た。
「旦那様の言う通りでっす。クーガーが店主みたいな危ない店、クッカは絶対入りませ~ん」
これは、とっても分かり易い例えである。
当然、他の嫁ズには大うけ。
クッカ自身も大笑い。
俺は仕掛け人だし、可哀そうだから、笑うのを抑え目にしておく。
「「「あははははっ」」」
「こらあっ! 旦那様ぁ、クッカぁ!」
これまたお約束。
クーガーの怒鳴り声が響いて、はい! 授業終了。
エモシオンの通りには、俺達の声が、にぎやかに響いていたのであった。