第19話「いつでも夢を③」
文字数 2,840文字
俺もリゼットも知らなかったくらいだから、当然誰も知らず、大騒ぎとなった。
更に、ジョエルさん夫婦がエモシオンに移住すると聞き、村民全てが寂しがり、別離を悲しんだ。
だが、一番悲しんでいるのは……
当然ながら、実の娘であるリゼットであった。
それも……
誰が見ても分かるほど、酷く落ち込んでいたのである。
俺は、ジョエルさんとフロランスさんが、黙って『事』を進めた理由が
リゼットの性格を熟知したジョエルさんと、フロランスさんならでは。
愛娘の心の中を
村の為、オベール様夫婦の為、そしてジョエルさんとフロランスさんふたりの、新たな人生を切り開く為……
リゼットも分かってはいるが、しっかりした理由があっても、簡単には割り切れないみたい。
敢えて言ってはいなかったが、リゼットは2年前に……
可愛がって貰った祖母を……亡くしていた。
亡くなる前に、何とかひ孫フラヴィを見せ、抱かせる事が出来た……
という達成感で、かろうじて祖母の死の悲しみを振り切っていた。
その痛手が、完全に癒えていないのに、今度は両親が居なくなるのだ。
彼女の喪失感は想像もつかない。
他の嫁ズも気遣ってくれ、ジョエルさん夫婦の話が出てからは、夜の時間を譲ってくれていた。
そんな夜の事……
俺は敢えてエッチはせず、ただ黙ってリゼットを抱きしめていた。
リゼットも抱かれながら、黙って……泣いていた。
やがて……ぽつり。
「駄目ね、私ったら……いつまでも、めそめそしていて……」
「…………」
自嘲気味に呟くリゼットを俺は、黙って抱き締める。
相当ショックは大きいようだ。
こんな時はまず、聞き役に徹した方が良い。
「他のお嫁さんは皆、私なんか想像もつかないくらい、悲しい思いや別離を経験しているのに……両親が引っ越すくらいで、落ち込んで……私ったら、情けなさ過ぎる……本当に駄目な子」
「…………」
「クミカさん……クッカ姉とクーガー姉は……自身むごい死を経験した……数奇な運命に翻弄された……レベッカ姉もお母さんを亡くしているし……」
「…………」
「ミシェル姉なんか! 守ろうとしてくれたお父さんを目の前で魔物に! それにお母さんもエモシオンへ行っちゃって、今はひとりぼっち……」
「…………」
「お母さんがオベール様と再婚した時だって、おめでとうって笑顔で言いながら、心の中では亡きお父さんを思い出して、複雑だったでしょうに……ひたすら明るく振舞ってる」
「…………」
「クラリスだって……両親が魔物に……でも、辛いのを我慢して、たったひとりきりで頑張って来た。ソフィ姉だって、グレース姉だって……とんでもない経験をしているよね」
「…………」
「私なんか両親が元気で幸せで、素敵な旦那様と結婚出来て! 可愛い娘も授かって! す、凄く恵まれていたのに……」
愛する俺や娘、家族が居ても、両親への想いはまた別……
リゼットは他の嫁ズと比べ、「自分が酷く弱い」と感じているらしい。
このままでは、彼女の心の傷がふさがらなくなる。
そろそろ頃合いだろう。
「…………リゼット」
「あ! そ、そうだ! だ、旦那様だってそう! ご両親が亡くなられて、クミカさんも居なくなって……たったひとりぼっちで……この世界へ来たのに……わ、私は!」
「リゼット!」
俺は再び呼び、ほんの少しだけ強くリゼットを抱きしめた。
「あうううう……」
リゼットは相変わらず泣いていた。
そんなリゼットに、俺は……
「リゼット、聞いてくれ。自分と誰かを比べる時は、自分を奮い立たせる時だけで良い……俺はそう思う」
「…………」
「自分を卑下する為に、他人と比べちゃ、いけないのさ……反省する事は必要だけど、もうそれくらいで良いじゃないか」
「…………」
「お前はお前さ。……冷たい言い方だと思うけれど、家族とはいえ他人は他人。お前の悲しみは、他の誰の悲しみにも比べられない。必要以上に自分を
「旦那様……」
リゼットは俺を「じっ」と見た。
大丈夫!
俺の言葉は、ちゃんと届いている。
ならば後は、自信を取り戻して貰うだけだ……
「リゼット、俺が初めてこの世界へ来た時の事を、出会った時の事を憶えているかい?」
「ええ、当然! ……憶えているわ。あの時の事は絶対に忘れられないもの……旦那様が私の命を助けてくれた……未来を繋いでくれた」
リゼットの目が遠い。
7年前の出来事が、甦っているに違いない。
嬉しい、喜ばしい記憶なのだろう。
彼女の口元に笑みが生まれた。
俺は頷き、話を続ける。
「そうか……でも、あの時、俺は怖ろしかった……びびっていた……ゴブリンの大群がとっても怖かったんだ……」
「え?」
リゼットは「意外だ」と言うように、無言で俺を見た。
少し、吃驚している……
「ここぞ!」とばかりに俺は告げる、一気に言い放つ。
「凄く怖かったけれど……俺はお前が居たから、一緒に生き残ろうって思った! 必死になれた! ゴブと戦えて勝てたのはお前のお陰だ。お前が俺に勇気をくれたんだ、ありがとう!」
「そんな!」
「以来、お前からはいつも勇気と癒しを貰っている。だから俺は、すぐ元気になって頑張れる……お前は素晴らしい女の子で最高の嫁さ」
「…………」
「他の大勢の嫁を、しっかりまとめてくれてもいる。現にウチは嫁同士の喧嘩なんて全然ないじゃないか。お前は本当に凄いよ!」
「…………」
「だからいくら私は駄目、なんて言っても、俺は絶対に納得しないぞ」
「絶対に? 納得……しない?」
「ああ、そうさ! どんなに卑下するように見せ、俺を騙そうとしても無駄だ、絶対に信じないから」
「私が騙す? 旦那様を?」
「おお、いくら泣いても騙されんからな」
俺がわざと、オーバーアクションで怒った顔をすると、
リゼットの目は真ん丸。
見つめ合うふたり。
「…………」
「…………」
暫し、沈黙の時間が流れた後、
「ぷっ、もう!」
騙す!?という、俺の物言いを聞き、最初は吃驚していたリゼットであったが……
俺の『変顔』を見続け、遂に、噴き出してしまった。
結局『にらめっこ』はリゼットの『負け』となった。
でもこれは、彼女にとって嬉しい負けかも……
寂しそうな泣き顔から一転、花が咲くような、素敵な笑顔を見せてくれたから。
そしてリゼットは……
俺に「きゅっ」と抱きついて、「大好き……」と囁いてくれたのであった。