第2話「ロケハン出発」
文字数 3,152文字
コースだが、まず、西の森奥にあるハーブ園へ行く。
ここは……
同じく俺の嫁で、クラリスの親友でもあるリゼットの、一番お気に入りの場所だ。
子供の頃から、リゼットの夢は、村に素敵なハーブ園を作る事だった。
彼女のライフワークともいえるその夢は、見事に実現したが、そのきっかけとなった場所である。
そして東の森の奥、大きな湖へも行く。
ここは従士達と旅に出て、見つけた場所。
俺の秘密の釣り場でもある。
この2か所を中心に、文字通り『絵』になる場所を探し、ロケハンするのだ。
当初、ふたりきりで……
という話ではあったが、結局ふたりきりにはならなかった。
確かに人間は、俺とクラリスのふたりきりである。
だが他の嫁ズの勧めもあり、結局従士ふたりが護衛役でついてくれた。
通常の移動に際しても、大事な『足』となる従士ふたりである。
そう、妖馬ベイヤールと馬に擬態した妖獣グリフォンの女子、フィオナだ。
道中は俺の索敵魔法がフルで全開なのは、当然ながらお約束ではある。
だが、万全を期すという意味でこのふたりが居ると、より安全が保障される。
ベイヤールもそうだが……
フィオナが歩くと特にそうだ。
索敵中の俺には分かる。
500m……
否、約1㎞も先に居る魔物や動物が、怖ろしい気配を感じるのか、慌てて逃げて行くのである。
こうなると以前も感じたが、俺達の方が平和を乱す悪者かも。
ちょっち、可哀そうな気はする。
そもそも、ボヌール村近辺に、グリフォンは生息していない。
ここらの魔物や動物達は基本的に、実物を見た事はないと思う。
だが彼等は本能的にグリフォンを、竜と並ぶ食物連鎖の頂点と見なしているらしい。
フィオナの『露払い』は大きい。
だけど道中、油断はしない方が良い。
何かあったら、大変だから。
でも、リスクは大幅に減ったとはいえるだろう。
さてさて、ボヌール村の正門を出た俺とクラリスは……
それぞれベイヤールとフィオナの背に揺られ、目的地へ進んで行く。
俺は特別なスキルもあり、既に乗馬は大が付く得意だが、クラリスも中々。
否、スキルなどなしで、猛練習。
スキルに頼った俺なんかより、自分の力だけで上達した、クラリスの方が遥かに偉い。
いろいろな才能を兼ね備えた、生まれながらの天才が懸命に努力したら、一体どうなるのか?
それを俺の前で体現しているのが、クラリスなのである。
さすがに、
俺とクラリスは広大な草原で、ベイヤール達の速度を徐々にあげ、縦横無尽に走らせたのであった。
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今回、表向きの趣旨は、絵の新作を描く為の取材旅行、すなわちロケハンなのだが……
万が一ロケハンが上手く行かず、デートが主体の本末転倒になっても、良いと思っている。
そう、極端に言えば、新作が描けなくても構わない。
何故ならば、クラリスは日々、本当に頑張っている。
ボヌール村の為に全身全霊で尽くしてくれている。
だから、たまには慰労してあげなきゃ。
この特別デートも、その一環である。
そして、まだクラリスには内緒だが、更なる『ビッグサプライズ』も用意している。
実は、次回の『王都行き』だが、相方にクラリスを予定しているのだ。
当然、他の嫁ズとも刷り合わせ済み。
事前に了解は貰っているから、不満が出る心配はなし。
頃合いを見て、伝えるつもりだけど……
クラリス……すっごく喜ぶだろうなぁ!
伝えた時のシーンを想像する俺の顔に、自然と笑みが浮かんで来る。
広大な草原を並んで進むクラリスが、俺へ声を掛けて来る。
ちなみに今はベイヤール達の速度を落としていて、引き馬レベルでゆっくりと歩いていた。
「あれ? 旦那様どうしたの? そんなにニコニコして」
「え?」
「さっきから顔が、にやけっぱなしですよ、ふふ」
「いやいや、可愛いクラリスとふたりきり。久々のデートだから、凄く嬉しいのさ」
言った事は嘘じゃないけど……
俺がさりげなく誤魔化したら、クラリスは微笑んで、
「もう、そんなに褒めても何も出ませんよ。それより……」
「それより?」
「はい! この場所……旦那様の、思い出の場所……ですよね?」
「ん? ああ、そうだな」
クラリスの指摘で、気が付けば、俺は確かに『思い出の場所』に居た。
うん!
異世界転生した直後、俺の記念すべきファーストバトル。
飢えたゴブリンに追われたリゼットを救った、西の森の前の草原……
クラリスがしみじみ言う。
少し、目が遠い。
「私、その話……もう数え切れないくらい聞かされましたもの、リゼットから」
「そうなんだ……」
「ええ、身振り手振り入りで彼女、毎回熱く話しますよ」
「ああ、俺へ聞かせる時もそうだ」
「怖くて走り疲れて……死にそうになったリゼットの目前に、旦那様が
「ああ、そうだ。俺も、一生懸命走って行った」
「恐怖に怯える彼女をしっかり庇い、ゴブリンの大群をあっという間に倒したって。燃え盛る火の魔法を使って……」
「おお、でもな、実はあの時、……俺もリゼットと同じくらいにびびっていた。さすがに、おしっこは漏らさなかったけど」
「うふふ、やっぱり旦那様は正直。変な見栄を張らない、だから大好きっ」
「あはは、ありがとう。俺もクラリスが大好きだ」
「ふふ、リゼットからは、何度もその話を聞きましたけれど……全然嫌じゃなかった」
「そうなのか?」
「はい! リゼットの気持ちが分かりますから! それに大切な親友を救ってくれて嬉しいし、童話に出て来る強い王子様みたいでカッコいいんですもの」
「俺がカッコ良いか?」
「はい! でも」
「でも?」
「ええ! 私にとって、一番カッコイイ旦那様は、畑で疲れた私へ、手伝うぞ! って仰ってくれた時。……嬉し過ぎて、身体が、がくがく震えてしまいましたから」
「嬉し過ぎて、がくがく? そ、そうか!」
「はい! あの時の旦那様の笑顔に、私は惚れちゃったんです」
ありがとう、クラリス。
俺だってそうだ。
しっかりと覚えているさ!
お前と初めて話した場所は、村の農地だった。
そう、畝を作る為、畑を耕す作業の時。
細くて華奢な身体で、お前は文句ひとついわず、頑張っていた。
俺が手伝うと言った時の、お前の驚いた顔。
そして作業が終わって……
小さな声で、お前はお礼を言ってくれた。
「ありがとう」って。
お前は……
今でも変わらない……
笑うと、目が細くなって、なくなってしまうくらいの……
優しい癒し笑顔が、超が付くほど素敵なんだ。
両親を魔物に殺され、孤独と逆境に耐えながら、お前は優しい笑顔を忘れなかった……
そんなお前が、俺だって大好きなのさ!
「俺だって、負けちゃいない。お前の笑顔にべたぼれだ」
「うふふ、ありがとうございますっ!」
「ようし、じゃあ、注意しながら進むぞ。まずはハーブ園だ」
「はいっ!」
傍から見れば、アホらしい。
夫婦の単なる、いちゃな会話かもしれない。
でも良い。
何と言われても構わない。
俺とクラリスは目で合図し、頷き合って、ベイヤール達の歩みを速めたのであった。