第4話「秘めたる思い出」
文字数 2,464文字
クラリスは、気に入ったロケハンが出来たようだ。
第一段階は、成功といったところ。
さて次は、東の森の更に奥にある湖へ行くのだが、その前にクラリスがある場所を希望した。
それは、いつも俺、クーガー、レベッカが来る草原である。
当然ながら、事前に索敵魔法で敵を含めて『無人』を確認し、転移魔法でさくっと移動した。
「わあ!」
魔法の効果で、いきなり目の前にパノラマのような大草原が広がり……
フィオナに跨ったクラリスは、馬上で素直に喜び、小さな歓声をあげた。
さっきの、リゼットを助けた西の森前の草原と、あまり変わらない景色だけど。
ちなみに、先ほど行った西の森も含め、クラリスは滅多にこういった原野へは来ない。
狩人ではないクラリスは、こんな特別な用事がない限り、原野などには行かないのだ。
この草原だって、レベッカ単独で来るのはNG。
俺が基本同伴する。
もし俺が不在でも、クーガー同行は必須。
そもそもこの異世界は、俺の前世の世界のように、
「家族でのんびり、草原でピクニック」なんて事をしない。
何故なら、怖ろしい魔物を始めとして狼や熊などの獰猛な獣、果ては人間の凶暴な賊など、危険がいっぱいだから。
『クラリスひとりきり』なんて、敵にとっては格好の獲物となる。
敵……すなわち、魔物に食べられるか、賊に乱暴され、奴隷としてさらわれ、あっという間に、人生が詰んでしまう。
そんなヤバイ場所へ、俺がクラリス含めた嫁ズを、単独でやるわけがない。
もしもクラリスがひとりで、「スケッチへ行きたいな」と言っても、
「絶対無理、駄目」断固として言う……
俺が、身体を張ってでも止める。
なんて、つらつらとありえない想像をしていたら……
「ねぇ、旦那様」
と、クラリスが声を掛けて来た。
「おう!」
と返したら、何故かクラリスは「にっこり」笑う。
「ふふ、ここは兎を狩りに良く来るでしょう? でもやっぱり思い出の場所ですよね? 旦那様とレベッカ姉との」
「ああ、確かにそうだな」
クラリスから、『レベッカとの思い出の場所』と聞かれ、俺は納得して頷いた。
確かに、東の森前のこの草原は、レベッカとはいろいろな思い出がある。
結婚後も、何か悩み事があった時は、たまに『ふたりきり』で来て、じっくり話したりもする。
うん!
この草原は、俺とレベッカの『原点』だから。
その話を、やはりクラリスが振って来た。
リゼット同様にレベッカからも、俺との出会いを、何度も聞かされているに違いない。
「ねぇ、村へ来たばかりの旦那様が、レベッカ姉から初めて狩人の手解きを受けて、弓を教えて貰って……その後、東の森で彼女をオーガから助けたのですよね?」
「そうだよ」
「その後……手をつないで、仲良く村まで帰ったのでしょう?」
「あ、ああ……その通りさ」
俺が、少しだけ噛んだのは……
レベッカを助けた際、『ふたりだけの思い出』があるから。
あの時……
オーガを派手にやっつけたせいで……
俺は、奴等の返り血で汚れてしまった。
さすがにそのままでは、村へ帰れなくなってしまった。
当時はサポート女神だったクッカに教えて貰い、森の中にあった小さな川で、服だけじゃなく……
身体も洗ったから。
それも、お互い「すっぽんぽん」になって。
夫婦どころか、ちゃんとした恋人にもなっていなかったのに。
俺とレベッカは、『全て』を見せあってしまったのだ。
思えば……
俺が、女性の裸を正面からしっかり見たのって、レベッカが初めてだった。
ああ、そうだ。
見せ合っただけじゃない。
身体の隅から隅まで、お互いに『洗いっこ』もしてしまった。
実は、誰にも言ってはいないけど……
22歳になっていた前世も通じて、女性のおっぱいや……
全てに触ったのも、あの時のレベッカが初めて。
母や祖母以外の女性から、自分の裸を触られたのも……初めて。
幼馴染みのクミカとは……仲良く、手を繋いだだけだったから。
まだ5歳だった俺は、さすがに『秘密のお医者さんごっこ』など、していない。
ま、まあ話を戻すと……
嫁ズと結婚して、もう7年以上経つ。
けれど、レベッカ救出の際の思い出は、俺から全部話した事がない。
単に、東の森で「オーガの群れをやっつけた」という事だけだ。
つまり肝心の部分は、いろいろな意味で……『秘めたる思い出』なのである。
「うふふ、さっきのリゼット同様、その話もレベッカ姉からは何度も聞いているのですよ」
「そ、そうなんだ」
「ええ、私達、旦那様との出会いの思い出は、とても大切にしています。お互いに何度も話していますから、つい自慢みたいになっちゃいますけど」
「それって、例の女子会で?」
「はい! そうです。女子会で」
例の女子会とは……
我がユウキ家における、嫁ズだけの懇親会。
俺や子供も含め、男は入会及び入場禁止。
行うのは大体が夜。
何を話しているのかは、絶対に内緒だって。
「敢えて聞かないで!」「心も読んじゃ駄目!」って、言われてる。
果たして女子会で、レベッカは……あの『秘めたる思い出』を、他の嫁ズへ話したのだろうか?
レベッカの親友クーガーには?
そして……
目の前のクラリスは、俺とレベッカが……
『秘密の洗いっこ』をした事を、知っているのだろうか?
ちょっとだけ考えて、俺は首を振った。
まあ良い。
どちらにしても、俺から話す事ではない。
……あの日俺は、裸のレベッカに「そっ」と、大切な宝物のように触れて、
改めて大人になったような気がした。
緑鮮やかな草原を指さしながら、楽しそうに話すクラリスへ……
俺は優しく微笑んだのであった。