第9話「小さな戦士達」
文字数 2,382文字
護衛を務める冒険者のリーダーは勿論、商隊を率いる商会幹部も、先頭に立って戦った俺をねぎらってくれた。
いつもながら……
この世界での戦いは、容赦がない命のやりとりだ。
相手が本気で殺しに来るから、こちらも下手に
今回の戦いでは、事前に襲撃を察知していたお陰で、幸い味方の死者はゼロだった。
だが襲撃者側は、後詰めの者達こそ戦わずして降伏したから無傷であったが……
5人が死に、残りも重軽傷を負ったのだ。
雄叫び、怒号、悲鳴、そして、とどめをさされた断末魔の声……
ボヌール村で聞き慣れた、紙芝居のお話などではない、リアルな殺し合いを目の当たりにした子供達には、凄まじいショックだっただろう。
そして……
少しだけ返り血を浴びた俺が、馬車へ戻って来た時……
子供達は青ざめた顔を強張らせ、全身を硬くさせていた。
しかし俺が微笑むと……
「パパぁ!!!」
「パパ! パパ!」
タバサとシャルロットがぶつかるように、俺へ抱きついて来た。
「大丈夫! もう悪い奴はやっつけた。パパも怪我なんかしていないぞ」
俺は、安心させる為、力強く言い放った。
すると、
「わあああああん!! パパぁ!!!」
「怖かったぁ!!! パパぁ!!!」
生まれて初めて経験する過度の緊張から解放され、タバサとシャルロットはまたも号泣。
俺は「きゅっ」とふたりの愛娘を抱きしめる。
その様子をレオとイーサンは無言で、歯を食いしばり、じっと見つめていた。
俺はタバサ達を抱きながら、呼び掛ける。
「レオ、イーサン」
「…………」
「…………」
だが、レオとイーサンは黙り込んでいる。
父親に命じられた事を何とかやり遂げたという安心感、そしてまだ緊張が解けていないのであろう。
「ふたりともありがとう! 男として、ママ達をちゃんと守ったな! 良くやった! 偉いぞ!」
俺が慈愛を籠めた眼差しを向け、愛息達を労わると……
「うう、うう、ぐす」
「ううう、うう……」
寡黙でクール、滅多に泣かないレオが……
陽気で優しい、笑顔が絶えないイーサンが……
「パパぁ!」
「パパっ!」
目にいっぱい涙をため、顔をくしゃくしゃにし、ふたりとも抱きついて来たのである。
俺はもっと大きく両手を広げ、子供達全員をしっかり抱き締めていたのだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
約1時間後……
「お~~いっ!!!」
街道のエモシオン寄りから、大きな声が響いて来た。
当然俺は事前に察知していたが……
馬10頭、そして大型の荷馬車が3台の一個連隊だ……
遠くからでも、逞しい体躯と声ですぐ分かる。
一隊を率いているのは、あのカルメン・コンタドール。
賊と戦った後の処理、相談をし、待機していた俺達の下へ、エモシオンのオベール家から救援隊が赴いたのである。
実は、襲撃を察知した際、俺はすぐエモシオンへ緊急の魔法鳩便を飛ばした。
報せを受けた副従士長のカルメンが、元冒険者で部下のリュカ達と共に、駆けつけてくれたという事だ。
「おお、カルメン! リュカ達! 良く来てくれた!」
俺が声を掛けると、カルメンと部下達は悪戯っぽく笑う。
「ケン様、無事か! って、貴方みたいな凶悪魔人が雑魚如きにやられるわけがないな」
「おいおい、何だよ、その凶悪魔人って。俺だって人間だし、今は家族連れなんだぞ」
「家族連れ? おお! もしかして! その子達は?」
カルメンが目を、きらきら輝かせた。
何故ならば、カルメンは我が嫁ズの中では一番仲良しのサキから、何かにつけて吹き込まれていた。
我がお子様軍団の、無邪気な可愛さを……
大の付く子供好きのカルメンは、いつかぜひ俺の子供達に会いたいと言っていたのだ。
と、その時。
いきなりレオが両手をばっと広げた。
まるで、ママ達を守るように。
そして、カルメンを「じい~っ」と見据えている。
刺激の強かった戦いの後に加え、どうやら初対面なので、相当警戒しているようだ。
思わぬ子供の反応を見て、一瞬吃驚したカルメンであったが……
大きな声で笑い出した。
「あはははははは! ケン様、この子ったら、もしかして私を敵だと思っているのか?」
「うむ、偉いぞレオ」
と、そこへボケをかましたのが、カルメンが終生のライバルと見ているクーガー
である。
俺にウインクしている。
むむ、何かやるつもり?
クーガーが、何故か子供を褒めた事に、カルメンは訝しがる。
「な? クーガー、どうしてその子を褒める?」
「いや、このレオは私の息子だが、危ない存在には、すぐ反応するよう躾けてある」
「はぁ? 危ない存在? この私がか? 何故だ、クーガー」
しかし!
尋ねるカルメンを華麗にスルー。
クーガーは我が子の方へ向き直る。
「レオ」
「はい、ママ!」
「大丈夫! 警戒を解け。この人はな、ママの知り合いだ。こんなに怖い顔でごつくても一応は人間。オーガではないから安心しろ」
「了解!」
分かった!
クーガーは、俺が凶悪魔人とからかわれたお返しをしたんだ。
一方のカルメンは、クーガー母子の会話を聞き、ようやく『事情』が呑み込めた。
レオのちょっとした仕草を発端に、ライバルのクーガーから思い切りいじられた事に。
「ば、馬鹿! わ、私は、れっきとした人間だ! オーガではないっ!」
「やられた!」とばかりに悔しそうなカルメンは、固く拳を握り締め、大声で叫んでいたのであった。