第11話「妬みと陰謀②」
文字数 2,501文字
「それにしても、弟よ。……オベールの奴は許せんな」
「兄さん、本当にそうだよ! あいつの娘が攫われさえしなければな、ウチはこんなに没落しなかったんだ」
はぁ?
何で、こいつらが没落した原因がオベール様なんだ?
それに、ステファニーが攫われさえしなければって?
お前らの警備が、不十分なのが原因じゃないのかよ。
ムッとした俺に対して、クーガーが目で合図する。
落ち着いて、もう少し話を聞こうと言うアイコンタクトだ。
「それに身分の低いド田舎の騎士爵如きが、ヴァネッサと離婚だと? ふざけるなって感じだよな」
「ああ、そうだよね、兄さん」
「オベールがヴァネッサへ別れないでくれと頼む……いや、土下座して靴を舐めますってくらいに謝れば良かったのによ」
「うん! そうすれば離婚しなかったかもね。ヴァネッサの奴、田舎に追いやれて折角厄介払いが出来ていたのに」
「まあ良いさ、オベールの奴は確実に破滅させてやる! 雇った傭兵共がもうあいつの領地で暴れている頃さ。容赦せず住民を殺せと命じてある」
「ひゃっほう! 住民なんか殺しちゃえ、皆殺しでいいよね」
「おお、構わんさ。もし治安が悪くなれば、あいつは領主不適格間違いなし。俺達がチクれば王家から睨まれて、もっと辺境の北の砦の隊長様あたりにめでたく就任だぁ」
「それで魔物に喰われて華々しく戦死ってオチだよね?」
「その通り~、ざまあみろ」
「はははははぁ」
テオドールとイジドールは、大声で笑い合う。
前言撤回。
こいつら、屑じゃない。
それ以下のゴミ……いや腐り切った醜悪な汚物だ。
クーガーも、俺と同感らしい。
俺達は顔を見合わせて苦笑すると、肩を竦めた。
そろそろ……お仕置きタイムだろう。
そんな俺達が居るとも知らず、ドラポール兄弟の会話は絶好調だ。
「ところで兄さん、ヴァネッサは、どうするの?」
「ふふふ、あいつはまだ使える。俺達にとって一番美味しそうな相手を見つけて結婚させよう」
「でもあいつったら、何度も出戻りしてるよ」
「大丈夫! いざとなれば爺さん相手の単なる妾でもいいじゃん」
「そうだよね。あは……は……?」
「?…………」
それは、いきなりの事。
意地悪そうに会話を楽しんでいたテオドールとイジドールの口から言葉が一切消えたのだ。
驚いたふたりが立ち上がろうとしたが、身体も強張り動かなかった。
俺が、沈黙と束縛の魔法を発動させたのである。
これで騒がれたり、暴れて抵抗される事はない。
密談の為に、扉もがっつり施錠されているから舞台は整った。
こいつらはいきなり謎の蒸発……神隠しに会うのだ。
俺とクーガーがいきなり姿を現すと、テオドールとイジドールは仰天した。
真っ黒で、おどろおどろしい魔王ファッションに驚いている。
大きく目を見開き、口はぱくぱく酸欠金魚だ。
「黙って聞いていれば、好き勝手ほざいてくれたな。まあ良いや、これからは俺達とじっくり話をしようぜ」
俺がピンと指を鳴らすと、テオドール達の姿は消え失せた。
彼等は……もう二度と、この屋敷へ戻る事はなかったのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
テオドール達が消えた30分後……ここは王都の片隅にあるドラポール伯爵家の小さな小さな別宅。
真夜中だというのに、ドラポール伯爵家長女ヴァネッサはまだ起きていた。
綺麗な栗色の髪はくしゃくしゃに乱れ、澄んだ鳶色の目は寝不足で真っ赤である。
人形のように言いなりになる自分の運命を呪い、行く末に不安が募っていたのだ。
兄達は「男運が悪い」とヴァネッサを厄介払いしてこの家へ押し込めた。
ドラポール家の単なる付属物として、引き合いがあれば、また誰か知らない男の下へ嫁に出されるのは確実であった。
ヴァネッサは、ずっと呪詛の言葉を吐いている。
「最悪! お父様は引退を宣告されて修道院へ入れられてしまうし、お兄様達は私を邪魔者扱いするし、ウジューヌのバカはどうでも良いけど……」
「ふう」と息を吐いたヴァネッサ。
思い起こせば、また辛くなる。
三度目の結婚もあっと言う間に破綻してしまった。
「だけど悔しい! あいつ、私の後釜に卑しい平民の女を貰って幸せになっていたなんて!」
自分を愛していると言った男の顔。
優しく微笑んだ顔が、ヴァネッサの脳裏に浮かび上がる。
「生まれた子供の名前がフィリップ!? はん! そんな恰好良い名前なんてあの糞親爺の子に似合わないわ」
私より、幸せになるなんて許せない!
私を手放した馬鹿な男は、厳しい罰を受けなくてはいけない!
ヴァネッサの魂は、醜い復讐心に満ちていた。
自分から離婚を宣言して勝手に出て行ったのに、これでは完全に逆恨みである。
「ふふふ……だから、あいつの元従士達を使って嫌がらせをしてやった。指示したのは私じゃないから絶対にばれない。今頃、町は大騒ぎさ! って事になっている筈ね、ざまぁみろだわぁ!」
その瞬間!
いきなり若い女の声が響く。
「ふ~ん、醜い妬みって奴ね、それ?」
「だ、誰!?」
驚くヴァネッサに対して、女の声は歌うように言う。
「うふふ、私は悪魔」
「あ、悪魔ぁ!?」
「し~っ、声が大きいわぁ。恨み言ばっかり言ういけないお口はシャットしちゃうねぇ」
先程の兄達同様、ヴァネッサの口からも言葉が消えた。
沈黙の魔法である。
「あぐ…………」
「ついでに身体もね、束縛ぅ」
「…………」
束縛の魔法が発動し、ヴァネッサの身体が強張り、自由も効かなくなった。
座っていた椅子から滑り落ち、芋虫のように無様に這う。
いきなり、空間が割れた。
その中から漆黒の禍々しい形状の革鎧に身を包んで現れたのは、俺が魔法で怖ろしい女悪魔に扮装させたクーガーであったのだ。