第7話「魔法練習&ご褒美」
文字数 2,607文字
『おお! そうだなっ』
魔法発動があっさり成功し、歓声をあげるサキ。
俺が見ても、彼女の魔法センスは中々だ。
今、俺とサキが居るのは……
初めて出会った街道から、少し離れた草原。
街道自体、一番にぎやかな王都から見れば、遥か南方を通っている。
そのような辺境の地だから、周囲に全く人影はなかった。
だから街道から、ちょっとでもそれると、尚更無人だ。
念の為、俺は索敵で周囲を警戒している。
変な好奇心を出して寄って来る、お邪魔虫の人間は勿論だが……
ゴブリンなどの魔物や、狼や熊みたいな肉食獣に襲撃される可能性もある。
俺とサキが話していたら……
案の定、ゴブリンが数匹、『獲物』の気配を感じて近寄って来た。
だが俺は、魔物の怖さを体感して貰う為、わざと近くに来るまで対処しなかった。
そして、いよいよゴブリン登場!
「ぎゃあああああっ!!!」
生まれて初めて間近で見た魔物に、思わず肉声で、大きな悲鳴をあげるサキであったが……
俺が指先ひとつ、炎弾の魔法でゴブ共を瞬殺!
攻撃魔法の威力に驚き、サキは目を真ん丸にしていた。
「お前だって、こういう魔法が習得出来るぞ」と言ったら、サキの『やる気』が出たって顛末……
さてさて。
レベルの低い生活魔法とはいえ、サキは生まれて初めての発動を難なくこなしていた。
彼女にとってラッキーなのは、転生時に習得が『初期設定』されている為、言霊を覚える必要がない。
全く労なく、詠唱する事が可能なのだ。
ちなみに俺は凶悪ともいえるレベル99のチート野郎なので、詠唱無し、イメージを思い浮かべるだけで、発動する事が出来る。
サキの発動は、土、風の属性と成功して、今度は火属性の魔法となる。
『ビナー、ゲブラー、エシュ』
詠唱が終わると、
「ぽ!」
サキの指先に、極めて小さな魔法の火球が浮かんでいる。
調理の際に使うくらいレベルの火……ということから生活魔法と言われているが、まさにその通り。
だいたい、ライター大の火をイメージして貰えれば良い。
ちなみに、火属性の攻撃初歩魔法の火弾はこの応用である。
『よっし、今度は水の魔法をやってみようか?』
『はいっ!』
俺に促され、サキは詠唱を始める。
『ビナー、ゲブラー、マイム』
「ぴしゅ!」
今度はサキの指先から、勢いよく小さな水柱が噴き出る。
おお、まるで……水芸だな。
『わぁ! 楽しいっ』
発動成功を、無邪気に喜ぶサキ。
目がキラキラ輝いていて、とても嬉しそうである。
実は俺、考えを根本から変えていた。
サキの事を考えた上で、だ。
物事をあまり深く考えない、且つ社会常識や知識も乏しいサキ。
最初から一度に複数の事をとか、いきなり実戦をやる『詰め込み教育』は無理だと感じたのである。
こういう子は……モチベーションを下げないようにして、最初から少しずつ段階を踏んで教えないと。
且つ手取り足取りして、懇切丁寧に指導するしかない。
サキの、気持ちの問題だってある。
元の世界での事故死により、サキは未知の異世界へ連れて来られた。
不安と寂しさが、彼女を襲っていた。
だが……
この様子なら、孤独はだいぶ緩和されたみたいだ。
いきなり体力訓練とか、サバイバル術とか、社会常識を教えるとか、「重い辛い」授業ではなく……
魔法という非日常な体験を、サキにさせる事で、未知の世界を知る喜びを感じて貰う。
俺のサポート第一段階は、まず成功といったところだろう。
『ねぇ、ケン。私、お腹ぺこぺこになっちゃった』
ふと気が付けば、サキが俺の方へ振り向いて、お腹を押さえていた。
まるで、空腹になった子犬のような、可愛い顔をしている。
この子の長所は、切り替えが早い所。
もうゴブの怖さなど、すっかり忘れてしまったようだ。
それが良いのか、悪いのかは微妙だが……
俺が見ると、太陽の位置から、時刻は午後1時過ぎってところ。
サキは、魔法発動に夢中になり、空腹を忘れていたみたいだ。
ちなみに神である『幻影の俺』は、全く空腹を感じていない。
俺は「ふっ」と笑って、言う。
『よし、じゃあ町へ移動しようか? 飯と、今夜泊まる宿を確保しよう』
『え? 町? どこの?』
サキは「ぐるり」と周囲を見渡した。
相変わらず、大草原と点在する森という光景が広がり、町らしきものは見えない。
首を傾げるサキへ、俺は言う。
『ええっと、この草原から歩いて5時間くらいだな。日が暮れるくらいには着きそうだ』
『げぇ!? ご、ご、5時間!? そんなにぃ!』
サキは「ぷくっ」と頬を膨らませた。
この子は、本当に分かり易い。
表情からして、「歩くのなんて嫌!」なのは『ありあり』だ。
『おいおい、サキ。歩くのも身体を鍛えるうちだぞ』
『…………』
俺が促しても、サキはだんまり。
頬を膨らませたどころか、口までとがっていた。
俺に向け、サキの感情が籠った波動が伝わって来る。
どうせ、神様のあんたは歩かない、超、楽出来るでしょって。
うん、その通りさ。
ごめんな、サキ。
てなわけで……
何か後で、管理神様とヴァルヴァラ様に『甘ちゃん』とか言われて、大目玉を喰らいそうだが……俺は超が付く、大サービスをしてやる事にした。
『な~んてな! サキ、今日だけは特別だ、魔法発動が上手く出来た、素敵なご褒美をあげよう』
『え? 素敵なご褒美! ケン、何くれるの? 何、何?』
ご機嫌ななめが一転、「にこにこ」のサキ。
うん、そういうの嫌いじゃない。
結構、可愛いって思う。
『転移魔法を使って、町まで、あっという間に「ひとっとび」というご褒美だよ。歩かなくて済むぞ』
『ほ、本当? す、凄いわ! 転移魔法って、ゲームの中だけじゃあないのね』
『そうさ! よっし、じゃあ、早速行くぞ。準備は良いか?』
『OKよっ!』
サキの笑顔を見た俺は、指を「ピン」と鳴らす。
その瞬間。
俺とサキの姿は、広大な草原から消え失せていたのだった。