第24話「大人への階段①」
文字数 2,162文字
フィリップは言われた通り、城館内にある、俺の執務室へやって来た。
改めて見ても、やはり元気がない。
いつもの明るいフィリップとは大違いだ。
夕飯直後だから、ふたりともお腹いっぱい。
「お菓子がある」というのは単なる口実なので、俺はフィリップへ座るように言い、紅茶を淹れてやった。
俺が淹れてやった紅茶をひと口含むと、フィリップは大きくため息をついた。
タバサほどではないが、横顔が少し大人びている。
1か月会わないうちに、結構成長したかと思う。
こんな時は、俺から話を振ってやる。
「フィリップ、今日の昼間、思うように楽しめなかったみたいだな?」
尋ねると、フィリップは否定しなかった。
時たま見せた、気になる表情はそれだったのだ。
「………はい。ああやって町を歩くなんて、とても楽しかったけど、もっともっと楽しみたかったです。本当は兄上と一緒に」
やはりフィリップは、俺と「絡みたかった」らしい。
町について、いろいろな説明も聞きたかったという。
彼にとって俺は、気を遣わない兄貴兼家庭教師って感じだろうからね。
まあ、ここは素直に詫びておこう。
「そうか……悪かったな。俺は自分の娘達にかかりっきりで、お前と遊べなかった」
フィリップは、俺の謝罪に答えなかった。
いつもなら、気遣って「いいえ!」と元気に返事をするのに。
それどころか、違う話を一方的に告げて来る。
「……父上と母上から、もし私達に何かあったら、兄上を頼れ……いつもそう言われています」
「…………」
俺は、「ん?」って思った。
何か、あったら俺を頼れ?
やっぱりオベール様の、「もし俺が死んだら」発言は、この息子へも行っているんだ。
でも、イザベルさんまでが、あっさり同調するなんて意外だ。
まあ今すぐってわけじゃなく、いざという時の心構えって事だろうけど。
そんな事を、つらつら考えていたら、フィリップは更に言う。
「……兄上は何があっても、絶対にお前を裏切らない。普段からしっかり仲良くしておけって……あとは……身の上をあまり聞くなって、厳しく言われてます」
俺が絶対に裏切らない……か。
そもそも小説やゲームの宰相って、悪役が多い。
陰で何か画策し、私利私欲の為に国を傾けようとするとかね。
お約束で裏切る悪の象徴だもの。
でも俺に限ってはない。
俺のレベルじゃないけど、可能性は99%ない。
言い切れる。
唯一、あるとしたら……
オベール様が、理由もなく一方的にボヌール村を虐げるとか。
「身の上を聞くな」っていうのも、オベール様夫婦が俺に気を遣ってくれているのだろう。
まあ、何度もフィリップが言うのは、俺へ念押しって事か。
だったら、話は認識したって返しておこう。
「ならば、話は分かった。焦る事はない。俺はいつでもお前を助けるし、また機会があれば、一緒に遊べる」
そう言ったら、もう話はこれで終わりの筈なのに……
何故か、フィリップは食い下がる。
「今でも思います……今日、兄上にせがんで一緒に歩いてくれって……言えば良かったって……」
「それを悔やんで、ず~っと元気がなかったのか?」
「ええ、無理やりお願いすれば良かったって……残念です」
フィリップは、自分の将来が大いに不安なのだろう。
もし両親が居なくなったら、俺しか頼れない。
そう思っているらしい。
多分……
俺へ依存し過ぎているんだ。
母を同じくする、血が繋がった『姉』のミシェルは居るけれど……
心から甘えていない。
会う頻度が全然違うし、俺と違って家庭教師もしないから、コミュニケーションの差がだいぶある。
それにミシェルはある意味、レベッカとは違うツンデレ。
俺に接する時以外、結構さばさばしているから、フィリップが甘えにくいのではとも思う。
一方の俺は、両親からの極秘指令があるのと、フレンドリーな年上の同性という気安さ。
そういう事もあって、何かに付けて、フィリップは俺と話したがるのだと思う。
確かに仲は良い。
でも、まだまだ不安。
だから将来の為に、もっともっと仲良くしておきたい。
今日は絶好の機会だったのに……という後悔。
成る程……
フィリップの気持ちは良く分かる。
とても可哀そうだし、いじらしいとは思う。
でも、それはそれ。
今日、オベール様夫婦はとても喜んでいた。
愛する息子と、一緒に楽しく散歩が出来て。
だが、フィリップの反応はこのように微妙だ。
一体、両親の事をどう思っているのだろう?
まさか、一緒に出掛けて嬉しくない?
可愛い弟の心の中を、魔法でこっそり読むなんて嫌だから、俺は、直接尋ねてみる。
「俺なんかより、父上母上と一緒に楽しめたから、良いんじゃないか?」
「…………」
やはり、フィリップは答えを返さない。
うん、そうか!
成る程、これは……何となく分かって来たぞ。
この気持ち、俺にも既に経験があるから。
思わず俺は、昔の自分を重ね、フィリップへ微笑みかけていたのであった。