第10話「分かり合える瞬間」
文字数 2,831文字
だけど本日の厨房担当、レベッカとグレースは嫌な顔ひとつせず、気合を入れて作ってくれた。
ふたりが力を合わせて開発した、ユウキ家特製、得意のハーブ料理を。
大事なお客様、亡国の王女ベアトリスの為に。
更に、クッカとリゼットも、調理の手伝いをしてくれた。
そう、今日の夕食はいつもとは勝手が違う。
ひと口食べる度に、
『わぁお!』とか、
『美味しい』とか、
『素敵!』とか、他にもいろいろ……
俺の中で、ベアトリスの様々な感嘆の言葉が、繰り返し、唱えられる。
そして彼女の大きな喜びの波動が生まれ、押し寄せ、俺の魂をたっぷりと満たすのだ。
この憑依される状態って、多分、昔のアニメで見た。
気持ちが、シンクロするというか、
ズバリ!
『お互い、全てが分かり合える瞬間』って奴だ。
夕食後、ハーブティを飲んだら、ベアトリスは大きなため息をついた。
『大満足!』という波動と共に。
そして俺が自分の部屋に戻ってから、『憑依』は解除された。
俺は暫し、ぼうっとしたが……
気が付くと目の前には、満面の笑みを浮かべた、幽霊のベアトリスが立っていた。
誰でも予想出来る答えが返って来ると知りながら、俺は聞かずにはいられない。
『どうだった? ベアトリス、感想は?』
『ええ、最高!』
『おお、そうか! すぐ天へ還らないで良かっただろう?』
『うん、良かった! 私、こんなハーブ料理は、食べた事ないよ』
ベアトリスがこう言うのも不思議ではない。
5千年前に生きていた亡国の王女が、どのようなハーブ料理を食べていたかは、全く分からないが……
我がユウキ家のハーブ料理は、人間の作るハーブ料理とは違う。
妖精の末裔アールヴ族の作る料理をベースとしているから。
そう、王都の白鳥亭の女将アマンダさんが作る料理である。
俺がそれを伝えたら、ベアトリスはまた目を輝かせる。
『凄いわ、あれ、アールヴの料理なの?』
『ああ、完璧なオリジナルじゃないし、結構アレンジした料理だけど、この国の王都にある宿屋の主人から習った』
『ええっと……魂の中にあった、ケンの記憶と知識で……分かるわ……白鳥亭のアマンダさんね』
『おお、やっぱり分かるか?』
『ええ、ケン。貴方の事は殆ど分かる』
何故、ベアトリスが俺の事が分かるのか?
さっきの言葉を思い出して欲しい。
『全てが分かり合える瞬間』……
そう、俺達はほぼ全てを分かり合ったのだ。
瓢箪から駒。
渡りに船。
どっちでも妥当な諺といえる。
俺はいつものように生い立ちから始まる長い話を、ベアトリスへする必要がなくなったもの。
憑依って、お互いの記憶交換に近いといえば、分かりやすいかもしれない。
でも何もなしで、相手の事を把握しているわけではない。
今みたいに何かひとつ、キーワード付きで尋ねられたら、相手の記憶がどんどん甦る。
そんな感じなんだ。
魂を重ね、波動が合うどころか、ほぼ全てを見せ合ったが……
但し、俺はただひとつだけ、鍵付きの扉を魂に作った。
ある記憶だけを見せないようにしたんだ。
それは……『サキの記憶』である。
管理神様と約束した。
クッカとクーガーと同じクミカの分身……
夢魔リリアンの生まれ変わりである、サキの出自は……
絶対に内緒にすると。
俺をじっと見て、ベアトリスが言う。
しみじみと……
『ケン、貴方は子供の頃、辛い思いをして、一旦死んで……この世界で生まれ変わり、素敵な出会いをいくつもして……とても頑張って幸せを掴んだ。大変な人生を歩んで来たのね……』
『いやいや、ベアトリスに比べれば全然さ』
俺がそう言ったら、ベアトリスは首を振った。
『いいえ! 貴方が凄いのは良く分かったの。とんでもない力だから……まさに勇者、そしてこの世界へ来て、貴方の歩んで来た人生は素晴らしい英雄譚だわ……』
『いやいや! 全て、神様から貰った力だから。それに勇ましいのは魔王状態のクーガーと戦った時だけさ』
『違うわ……私にとっての英雄とは、単に魔族と戦うだけの存在じゃない、魔を払うだけの者じゃないの』
『そうなのか、英雄って、常人には実施不可能な事をやり遂げる人の事だろう?』
『ええ、その通り。でも、もっともっと幅広い』
ベアトリスにとっての、英雄か。
どのような定義なんだろう?
『へぇ! それ、教えてくれないか?』
『良いわ! 私にとっての英雄とは……難事をやり遂げるだけじゃない。当たり前の事をじっくり地道に積み重ね、他者から深い信頼や愛情を得るのも英雄……だと思うの』
『おお、ありがたい考えだ。俺は、そうやって来たから……』
『ええ、私には分かる……貴方の家族は勿論、この村から、そして先ほど見た町から、いいえ、この国の都からも感じたから……貴方へ思いを馳せる信頼と愛の波動をね』
『嬉しいよ! その気持ちが、俺の励みになるから』
『ふるさと勇者ケン・ユウキのね、ふふ……そしてまた、ここにひとり増えたわ。それは私……』
『ベアトリスが? ……そうか、ありがとう』
『いいえ、お礼を言うのはこちらよ。ケンが、私を……お墓があったあの森から連れ出し、この村へ……そして貴方の家族に引き合わせてくれた……奥様達は優しいし、子供達は可愛いわ』
『ああ、たくさん子供が居て、わあわあうるさいけど……な』
『ううん……温かい……この家は温かいの。幽霊になった私だけど……温かいって感じるの』
『はは、良かったな!』
『ええ、私の前にこの家に来た……オベロンとティターニアが感謝して帰って行ったのも分かる。ここは本当に
『おいおい、ここはただの田舎の村だよ』
『ううん……きっと、
と、その時。
俺の部屋の扉がノックされた。
『クッカでっす』
『リゼットです』
そして、
『レベッカです』
おお、この3人が来た、という事は……
多分、ハーブ談義をしようという事だろう。
それで、ベアトリスを誘いに来たんだ。
案の定、リゼットは言う。
それも俺の想像以上の話を。
『私達専用の女子部屋へ行きませんか? ベルがすぐ、おねむになるから、グレース姉だけは最初だけ参加で、フェードアウトしますけど……皆、ベアトリス様とお話したいって』
おお、ハーブ談義だけじゃない。
フルメンバーの『女子会』か。
『ケン、私……』
『俺に遠慮せず、行って来れば良い。もっと思い出を作るんだ』
『あ、ありがとう!』
嬉しそうに俺に礼を言う、ベアトリスの目には、またも涙があふれていたのであった。