第9話:風邪をひいた日の話(その6)

文字数 1,143文字

仕事が終わってから、車を走らせ、西森の通う塾の近くまでやってきた。

この辺りはビジネス街なので、夜は昼間より人通りも少なく、ビルから出てきた人たちは足早に家へと向かっている。

誰もおれのことを気に留める様子も無いので、西森を待つにはうってつけの場所だ。

「確か、地下駐車場があったんだよな」

この前、この近くに用があって昼に来た時に、地下駐車場があることを発見したばかり。

地上で西森を待っているより、あまり目立たないかと思い、今度来たときは利用しようと思っていたところだ。

夜ゆえに、駐車場は「空き」の表示が出ている。
朝だったら、この辺りで働く人たちが利用して満車だったかもしれない。

おれは車を入口に進め、スロープを下りる。
「空き」の表示通り、駐車場にはほとんど車が停まっていなかった。

「この辺に停めるか」

人目を避けるように、あまり車が停まっていない付近に駐車し、エンジンを切った。

スマホを取り出し、時間を確認すると、西森の授業が終わる10分前ぐらいだ。

「近くの地下駐車場で待ってる・・・っと」

メールを送り、そのまま車の中でしばらくボーっと西森を待つ。

体調は大丈夫かな、とか、早く会いたいな、とか、そんなことを考えていると、西森から『今行きます』とメールが入った。

何気ないやり取りだけど、恋人同士っぽくて、なんかうれしくなる。

そんなことを感じていると、階段から誰か降りてくる姿が見えた。

西森だ!

急いで車から降りて「西森!」と声をかけると、西森もおれに気づき、小走りで駆け寄ってきた。

姿が近づくにつれ、西森がマスクをしていることに気づいた。

そんなに体調は悪くない、と聞いたけど、他の人にうつさないためだろう。

西森が車に到着し、
「先生、すみません。
仕事が忙しいのに、迎えに来てもらって・・・」
と言いながら乗り込んできたので、おれは首を振り、
「いや、おれの方こそ、急に迎えに行くって言ってゴメン。
でも、心配だったから」
と言って、西森のおでこに手を当ててみた。

「少し熱い?
体調、大丈夫か?塾で無理しなった?」
と聞くと、西森はコクリとうなずき、
「大丈夫でした。
でも、歩いて帰るのはちょっとしんどかったので、迎えに来てくれて助かりました」
と言って、ニコッと笑った。

うっ・・・かわいい・・・。

抱きしめたい衝動にかられたが、西森の体調のことを考えたら、今はちょっとガマン!

その代わり、おれは手を伸ばし、助手席に座る西森の手に触れた。

「せ、先生?」

西森はちょっと驚いたような顔で、こっちに振り向く。

おれは西森の冷えた手をギュッと握りしめ、
「今はこれでガマン」
と言うと、西森もおれの手をギュッと握り返してきて、
「はい・・・」
と答えた。

数分、手をお互い握りしめた後で、おれは車のエンジンをかけ、家に向かって走り出した。
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登場人物紹介

高山流星

地学担当教師

西森夏菜

学年一の秀才。真面目な優等生。

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