第6話:気になる気持ち(その6)

文字数 2,386文字

まさかコンビニで、
いつもなら絶対手に取ることのない女性誌を
立ち読みしていたおれの前に、西森が現れるとは!

家が近所だから出会っても不思議ではないことだけれども、
このタイミングで出会うのだけは勘弁してくれよ!

とっさに雑誌を背後に隠し、
「何?西森も買い物?」
とさりげなく聞いた。

西森は制服姿で、
参考書の入った重たそうなカバンを持っている。

今日は土曜なので、恐らく塾の帰りだろうか。

「晩ごはんを買おうと思って立ち寄ったんです」
と、西森は答えた。

「晩ごはん?
家に帰ったら、お母さんが作ってくれているんじゃないのか?」

そう聞くと西森は首を横に振って、
「今日、父と母は遠くの親戚の家に急用で出かけたので、
何か買って食べるようにってお金を渡されたんです」
と答えた。

西森の口から『母』の言葉が出たため、
思わずおれは先日の『平手打ち事件』のことを
思い出してしまう。

でも、今日はどうやらあの怖いお母さんがいないようなので、
どこかホッとしてしまった。

いくら副担任といえど、
また娘の近くにまとわりついていたら、
今度は平手打ちでは済まないだろうからな・・・。

西森は、おれが背後に何かを隠していることに気づいたようで、
「先生は何してたんですか?
後ろに持っているものは何ですか?」
と急に詰め寄ってきた。

おれは手に持っている
『彼氏とイチャイチャするならこんな場所』特集の雑誌を
とっさに丸めて隠しながら、
「いや、何も!?
というか、おれも晩飯を買いに来てたんだけど、
ちょっと面白い雑誌があったからパラパラ~っと読んでたところに
急に西森が現れたからビックリしただけだよ」
と笑ってごまかしてみたが、西森は、
「ふーん」
と疑いの目を向けている。

やばい。

あの顔は間違いなく、
雑誌コーナーの隅の方に置いている『アダルト雑誌』を読んでいたと思っている顔だ。

でも、ここで変に訂正すると
どんどんドツボにはまりそうな気がしたので、
これ以上言い訳するのは止めておくことにした。

西森は、
「先生は晩御飯、何を買うんです?
私は何を食べようかな」
と言いながらお弁当売り場の方に歩いて行く。

おれは西森の後ろを歩きながら、あることに気づいた。

あれ?

おれ、西森と普通に話をしてる?

こいつ、この10日間ぐらい
一言も話しかけてこなかったし、
いつも冷たい視線しか向けてこなかったのに、
今はすごくナチュラルにおれと話をしている。

なんでだ?
急に・・・

そう思うと、
なぜかおれの口からは予想外の言葉が出ていた。

「西森、よかったら一緒に飯食いに行かないか?」

「え?」

西森の驚いたような顔を見て、
おれはまた『やってしまった~!!』と心の中で叫んだ。

もーっ!
この前から何度、軽率な言動を取ってんだよ!

それで何度も反省して後悔して、
もう二度と『やりません!』と心の中で誓うクセに、
西森を前にすると
なんでこんなにガードがゆるくなってしまうんだ・・。

でも、言ってしまった言葉はもう戻すことはできない。

西森からのお説教を受けようと覚悟した。

すると西森はプイッと横を向き、
「別に私じゃなくていいんじゃないですか?
クラスの女子達が、先生の家に行ってご飯作ってくれるって
言ってたじゃないですか」
と言い返してきた。

ちょっ、西森・・・

何、その反応!?

おまえ、自覚してないかもしれないけど、
それってある意味『ヤキモチ』の感情みたいだぞ!

なんだか急に胸がドキドキして、
浮かれ始めている自分に気づいた。

と同時に、
『いやいや待て。浮かれて失敗したことを思い出せ』
と妙に冷静な気持ちも現れてきた。

相手は
今までおれが付き合ったことの無いタイプの女の子だ。

何を考えているか、全く読めない。

とりあえず、ここは話しながら様子を見てみよう。

「あのな、西森。
おれはクラスの女子を家に呼んで
ご飯を作ってもらったことなんてないぞ。
女子生徒を家に呼ぶなんて有りえないし」

というと、西森は、
「じゃあこの前、なんで私を家に連れて行ったんですか?
それに今日も『一緒にご飯を食べに行こう』って誘うなんて、
なんか矛盾してません?」
と言ってきたため、おれは固まった。

た・・・確かに、おっしゃる通りです・・・。

他のクラスの女子達には
『家に来るな』と言ってるくせに、
西森はマンションの屋上に半ば無理やり連れて行ったし、
今日だって教え子と二人きりでご飯を食べに行こうとするなんて、
教師としておかしな行動だ。

西森の質問に対して、
上手い切り返しの言葉をが思いつかなくて
黙ったままその場に突っ立っていた。

西森はお弁当売り場をジッと見つめている。

「西森・・・あの・・・」

と、おれが声をかけようとすると、
「そんなに私、1人でさみしそうに見えますか?」
と西森が言った。

「え?」

予想外の返答に驚いていると、さらに西森は続ける。

「いつも勉強ばっかりしていて、友達もほとんどいなくて、
休みの日も遊びにも行かず塾通い。
そんな私がかわいそうに見えるから、
先生は同情で話しかけてきてくれてるだけでしょ?
別にそんな同情してもらわなくても結構です」

そう言って
西森はおれを冷たく突き放した。

同情?

おれは西森に対して
『いつも一人でかわいそう』って同情しているから
声をかけているのか?

一人でかわいそうだから、
こんなにも気になっているのか?

もしかしたら、
心の奥底にはそういう気持ちがあるのかもしれない。

同情なのかもしれない。

でも、同情だけで、
この数日間、おまえのことが気になって
落ち込んでいたわけじゃねーよ!

この気持ちが現時点では
何なのかまだよく分かってないけど、
おれは西森に言ってやった。

「同情で飯に誘ったんじゃない!
純粋に西森と一緒にご飯を食べたかったから誘ったんだよ!
もっとおれは、おまえのことが知りたいんだ!」

コンビニの中で、
いい年した大人の男と女子高生が
ワーワー言い合っているのを、
店員さんが『どういう関係?』というような顔をしながら
こっちを見ていた。
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登場人物紹介

高山流星

地学担当教師

西森夏菜

学年一の秀才。真面目な優等生。

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