第4話:気になる気持ち(その4)

文字数 2,623文字

西森から冷たい視線を送り続けられる日々が続いている。

どういうことなのか理由が聞きたい!
怒っているなら謝りたい!

そう願うばかりだが、
学校では二人きりになるチャンスもないし、
西森から話しかけてくる様子も全くない。

もし、ほんの少しでも西森が
おれに関心を持ってくれたのであれば、
何らかのアクションを起こしてくるはずだ。

でも、悲しいほどに一切何もなかった。

つまり・・・
おれのことなんて、どうでもいいんだな・・・。

「はあ・・・」

職員室で大きなため息をついていると、
「なに?失恋でもしたのか?」
と声をかけられた。

顔を上げると、
コーヒーカップを持った山根先生が隣の席に座っていた。

「失恋なんかじゃないですよ。
まだそこまでにも至っていませんし」
と答えた瞬間、ハッと我に返る。

「ちっ、違います!違います!
別に、恋愛のことでため息ついていたわけじゃないですよ!」

必死に否定してみたが、
山根先生はニヤニヤ笑いながら、こっちを見ている。

しまった・・・。

油断していた、
というか、無意識に返事をしていた自分に驚いた。

別におれは西森に恋しているわけでもないのに、
なんであんな返答をしたんだろう・・・。

自分の気持ちが、ますますよく分からなくなってきた。

そんなおれの心を見透かしたかのように、
山根先生は小声で、
「で、相手は生徒か?」
と聞いてきたので、思わず顔がボッと赤くなる。

「いや、ほんと、違いますから!」

必死に否定してみるが、
明らかに動揺している姿は隠しきれていないようで、
山根先生はクスクス笑っている。

くっそーっ!
なんで、すぐ気持ちが顔に出ちゃうんだよ!

こんな時、西森みたいに顔色一つ変えない冷静さがあれば
自らピンチを招くこともないのにさ。

これ以上赤くなっている顔をみられたくないので、机に顔を伏せ、
「とにかく、今はそっとしておいてください!」
と、中学生男子レベルの返答をすると、山根先生も、
「分かりました」
と笑いをこらえながら言った。

ったく、自分が生徒と結婚したからって、
おれにいろいろと吹っかけてくるのは、ほんと止めてほしいよな。

いや、でも、山根先生よりも
西森のことでウジウジしている自分が一番悪いのだ。

そんなことを心の中でブツブツつぶやいていると、
「おい、高山。
放課後までこれを預かっておいてくれないか?」
と、吉川先生が声をかけてきた。

西森のクラスは、吉川先生が担任で、
おれが副担任をしている。

吉川先生は古典が担当で年は40代前半、
おれから見るとベテラン教師だ。

「それ、何ですか?」

吉川先生が両手に抱えている紙袋を指して聞いてみると、
「マンガだよ、マンガ。
女子達が持ってきて、教室で隠すことなく堂々と読んでいたから、
放課後まで没収することにしたんだ。
隠れて読んでいたのなら見逃してもよかったけど、
教室のど真ん中で広げられてちゃ、
さすがに一応注意はしておかないとな」
ということだ。

吉川先生はドサッとおれの机の上にマンガの入った紙袋を置き、
「おれは放課後会議があるから、女子が取りに来たら返してやってくれ」
と言った。

「はあ・・・」

何気に紙袋を開けて中に入っているマンガのタイトルを見てみると
『先生と私のヒミツの課外授業』という、
なんだか怪しいマンガが大量に入っているではないか!?

「えっ、これ少女マンガですか!?
女子達が読んでいたんですよね!?」

少女マンガを読んだことがないおれにとって、
あまりにも衝撃的なタイトルだったため、
思わず吉川先生に聞いてしまった。

そばにいた山根先生も興味を持ったらしく、
紙袋の中のマンガを取り出し、パラパラと中身を読むと、
「へー、今時の女子高生はこんなマンガを読んでるんですね。
これ、内容はほとんど先生と女子高生が学校内で
イチャイチャしているマンガじゃないですか」
と分かりやすいコメントをくれた。

おれも横目で山根先生が読んでいるページを見てみたが、
おいおいおい、
キスだけじゃなくて、その先までいっちゃうのかい!?、
というレベルじゃん!

知らなかった・・・、
少女マンガってこんな世界だったんだ・・・。

いや、全部が全部こんなマンガでは無いと思うが、
自分の教え子達がこんなイチャイチャ系を読んでいたことに
衝撃を受けまくった。

しかも、シチュエーションが『先生×生徒』かよ。

さらに『課外授業』って言葉も、最近どこかで聞いたよな・・・。

って、それはおれが西森に言ったセリフだ。

吉川先生も頭をポリポリかきながら、
「ま、確かにちょっと衝撃的な内容だが、
生徒達に『読むな』とは言えないし、
何を読んだとしても個人の自由だしな。
でも、周りの女子達に勧められてか、
優等生の西森までが一緒に読んでいたことにはおれもちょっと困ったが」
と言ったため、
「えっ!?西森も読んでいたんですか!?」
と叫んでしまった。

あまりに大きな声だったので、
吉川先生も山根先生も近くにいた先生もビックリしておれの方を見ている。

もーっ、おれのアホ!!

だから、すぐに感情を声に出すなって、言っているだろうが!!

さすがに他の先生方に怪しまれたかと焦ったが、
吉川先生も、
「そうなんだよ、おれもビックリしてな。
西森は期待を寄せている生徒だから、
あまり変なことに足を突っ込んでほしくないわけだが、
クラスの女子達がそそのかして、
一緒にマンガを読んでしまったんだろうな」
と残念そうに言った。

西森がこの『先生と私のヒミツの課外授業』という
かなり内容がいかがわしい系のマンガを読んでしまったとは・・・。

これはヤバいぞ。

この前おれが『課外授業を受けてみないか』と言った内容が、
こっち系の意味に取られてしまったら、完全にあいつに嫌われる!!

誰だよ、こんなマンガ持ってきたのは!!

というか、西森もなんでこんなマンガ読んだんだよ!

おまえ、そういうキャラじゃないだろーっ!!

これが原因で、
西森からさらに冷たい視線を浴びせられたら・・・

おれは泣きたい気持ちになってしまった。

そして、とうとう、
西森と目を合わすことも話すこともないまま、10日ほど過ぎた。

さすがにおれも、
『何か』に期待することもなくなり、
西森との『あの夜』のことは無かったことにしようと思い始めた。

元々『先生と生徒』という立場だったし、
これ以上深入りしてもおれが教育委員会に呼び出されるだけだ。

それに西森も同学年の素敵な男の子と恋するのが
一番良いに決まっている。

頭が良くて、西森とも会話がはずむようなイケメン男子生徒と。

そう思うと、全てのことがどうでもよくなってきた。
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登場人物紹介

高山流星

地学担当教師

西森夏菜

学年一の秀才。真面目な優等生。

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