第5話:二人の夏休み(その5)

文字数 1,450文字

「西森がそこまで言うなら・・・」

おれは席を立ち、「よいしょ」と西森の隣に座った。

といっても、ラブラブカップルのように密着するわけにもいかないので、微妙な距離をとってだが。

「先生、何食べます?」

西森がメニューを持って、グッとこちらに近寄ってきた。

おおおおーいっ!
西森!!

おまえは全然危機感を持っていないな!?

こっちは暗い狭い空間で、変な気持ちを起こさないよう、平常心を保とうと必死になっているのに、その努力を真正面から壊しに来るなんて・・・。

なんだろう・・・

西森にとっておれは「彼氏」というよりは、「お父さん」や「お兄さん」的な保護者のような存在なのだろうか・・・。

隣で真剣にメニューを見ている西森の横顔を見ていると、そんな気持ちになってきた。

でも、別にそれでもいいけどね!

こうやって一緒に食事できるだけでも幸せだから!

おれは開き直ることにした。

「というか西森、お家の方は大丈夫なのか?
西森の方から食事に誘ってくれるなんて珍しいな、と思って」

おれが質問すると、西森はうなずき、
「ハイ、両親は今日親戚の家に行ったので、一人で食事するのも味気ないな、と思って。
あと、塾の試験で良い結果が出たので、先生にもご報告したかったんです」
と、うれしそうに言った。

なんて優等生的な模範回答!

塾の試験の結果が良かったから、おれに報告したかったなんて、

先生としてはうれしいお話ですよ!

でも、「彼氏」の視点からするとちょっとだけ悲しい回答です・・・。

なので、おれは少し意地悪な質問をしてみた。

「その・・・、1ミリぐらいは『おれに会いたい』っていう気持ちがあって、夕飯誘ってくれたわけじゃないの?」

「えっ!?」

西森の顔が、みるみるうちに真っ赤になっていく。

「ん?どうなの?」

西森の困ったような表情がかわいくて、クスクス笑いながら顔をのぞきこむ。

そんなおれの意地悪が気に入らなかったのか、西森は「キッ!」とこっちをにらむと、
「べっ、別に会いたかったわけじゃないです!
ただ、先生が夏休みずっと一人でご飯食べているのが、かわいそうかな~って思っただけです!!
調子に乗らないでください!」
と言って、メニューでまたバシバシとおれを叩いてきた。

これが地味に痛いのだ。

「ごっ、ごめん!ごめんなさい!
分かってます!!
『会いたい』と思っていたのは、おれだけだよな!
ハイ!そうです!
調子に乗って、ごめんなさい!!」
と必死に謝った。

すると、西森はメニューをテーブルに置き、プイッと顔を向ける。

「そうです。
ただテストの報告をしたかっただけです。
でも・・・」

「でも?」

西森は頬を赤く染めながら、
「1ミクロンぐらいは、会いたかったかも・・・です・・・」
と答えた。

1ミクロン!

つまり、1ミリメートルの1000分の1!

もはやどれぐらいの距離なのか、分からないレベルだが、それでも西森の口からそんなうれしい言葉を聞けるとは!!

「ああああ~っ!!」

おれが叫びながら、テーブルに倒れ込んだので、西森は隣で驚いた顔をしている。

「おれ、今日は幸せ過ぎて、何も食べなくてもいいかも!」

西森に「会いたかった」と言われ、感極まってそんな言葉を発すると、急に西森はあわてて、
「何言っているんですか!?
ラーメン屋に来たんだから、何か注文しないと店長さんに迷惑かけますよ!!」
と、めっちゃ真面目なコメントを返してきた。

ほんと優等生。
でも、そんな西森が大好きです。

「ほら!
早く何食べるか決めてください!」

西森がおれの前にメニューをバッと広げた。

さあ、幸せな「夕飯デート」の始まりだ。

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登場人物紹介

高山流星

地学担当教師

西森夏菜

学年一の秀才。真面目な優等生。

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