第220話 裕紀・密入国をする・・ その2

文字数 3,097文字

 裕紀(ゆうき)は岩場で休憩をしながら亀三(かめぞう)(たず)ねた。

 「亀三、他に楽な道はないのか?」
 「ございますよ?」
 「有るのか!」
 「はい。」

 「だったら楽な道にしないか?」
 「裕紀様、楽な道にはそれなりの危険が伴います。」
 「?!」

 「一つには我が国と陽の国の国境を警備する隠密の目が光っている事です。
これらの者は山を熟知しており、侵入者を見逃すことはまずあり得ませぬ。」
 「・・・。」

 「ましてや我らのような者は遠目で見て、普通の国抜けの者には見えますまい。」
 「そうなのか?」
 「彼らはプロです。一目で見分けるでしょう。
そしてそのような者に目こぼしなどあり得ませぬ。
裕紀様が陽の国で捕まれば、国家間の問題となりますのでおすすめできませぬ。」

 「そうか・・、しかし、この道も同じように国境の警備があるのではないか?」
 「ありますよ?」
 「なら、ここも安全とは言えまい?」
 「いいえ、そうでもないのですよ。」
 「?」

 「この道は国抜けの者も避ける道なのです。
だから国境警備の者も滅多に来ない場所なのですよ。
他の道よりはより安全な道なのです。」

 「亀三、よく分からないのだが・・・。
滅多に国境警備の者が来ないのであろう?
ならば、国抜けの者は多少危険でもこの道を使うのでは無いのか?
さすれば国境警備も来ざるをえまい?」

 「先ほど述べたでしょう?
国抜けの者でも避ける道だと。危険な道なのです。」

 「どのように危険なのだ、この道は?」

 「そうですね、説明をしておいた方がいいでしょうね。
この道は魔の道と言われております。
道を間違えると迷いに迷い抜けられなくなるのです。」

 「なぜこの山の道で迷うことになるのだ?」

 「迷った時、目印となる山を見て旅人は方向を知ります。
ですがこの辺りの迷う場所では、鬱蒼(うっそう)とした森が邪魔をし目印となる山が見えませぬ。」

 「森を抜けて見ればよいではないか?」

 「この一帯の山はどの山も似たような形、高さなのです。
それが問題なのです。」

 「どういうことだ?」
 「山は見る位置により形が変わって見え、目印の山を知っていれば山の形で自分の位置が分かります。
また目印の山の両隣の山の重なり具合からも分かります。」

 「・・。」
 「山の形が見る場所で変わって見えるのは円錐形でなく、頂上が台形であったり、噴火口が頂上からずれたりしており、見る方向で形が変わるからです。
ですが、この辺りの山はほんの少し微妙に変わるだけなのです。
森を抜けてから山を見た場合、どれも似た山に見えてしまい目標の山がわからなくなるのです。」

 「ならば自分がいる山にある何か特徴的な物で判別できるのではないか?
それを見れば自分がいる山がどこか分かり、さらに山の何処にいるかがわかる。
さすれば方角も分かろう?」

 「残念ながら目印となる特徴のある岩場とか、洞穴が無いのです。」

 「それならば川沿いに添っていけばいいのではないか?」

 「この一帯の山には何故か川がないのです。
降った雨は地中に染みこんでしまい、わき水も出ない場所なのです。」

 「ならば川は無くても沢に添っていけばいいのではないのか?」
 「沢を進むと、下りだった場所がいつの間にか上りとなります。
沢を歩けば(ふもと)に出られるわけではないのです。
むしろさらなる山奥に迷い込んでしまうのです。
ですから、この辺りは”迷いの森”、”魔の道”と呼ばれているのです。」

 「そうか・・、迷わなければ安全な抜け道ということか。」
 「いえ、それ以外に危険はありますよ?」
 「え?」

 「断崖絶壁(だんがいぜっぺき)が至る所にあり、地質が(もろ)崖崩れ(がけくずれ)が頻発する場所があるのです。
下手に歩けば崖崩れに遭い、崖道の選択を間違えれば道が崩れ転落死します。」

 「・・道を間違えねば安全・・という事かな?」
 「それ以外の危険もあります。」
 「え?」

 「クマやオオカミが生息し、獲物も少ないので襲われる危険度が高い地域なのです。
あ、それと毒蛇も沢によっては信じられないくらい生息しています。
そこは蛇沢と呼ばれているようですね。
今の時期は幸い、クマや蛇は冬眠中なのでいいのですが、オオカミがおります。
獲物が少ないので見つかれば、まずは・・・。」

 「・・・それって、自分達も危ないのではないのか?」
 「その点は任せて下さい。私はよく山を知っておりますので。」

 「本当に? 間違いなく? 絶対に?・・。」
 「おやおや、私を信じられないですか?」
 「・・・・。」
 「裕紀様、なんですかその疑うような眼差しは?」
 「いや・・、し、信じよう、亀三を。」

 亀三は裕紀の言葉に短くため息を吐いた。

 「まあ、ここまで来て今更引き返すこともできませんから、信じてください。」
 「そうだよね・・、うん! 信じよう・・かな?」
 「疑問系は要りません!」
 「し、信じる!」
 「よろしい。」

 亀三は微笑んだ。
そして裕紀に念をおす。

 「ただしこれだけは覚えておいてください。
この場所には滅多に国境警備の者は来ないというだけです。
おそらく決められた周期で見回る程度で、月に一回程度というところでしょう。
運が悪ければ見つかります。
まあ、心配する事はないでしょう・・、たぶん。」

 「たぶん? ・・・いや、いい、わかった。お前を信じよう。」
 「信じていなさそうな顔ですね?」

 その言葉に裕紀は目をそらす。
亀三は短くため息を吐いた。

 「この道がいやなら楽な道にしますか?・・。」
 「いや、この道を行こう。」
 「宜しいのですか?」
 「ああ、問題ない。」

 裕紀は亀三にそう答えた。
裕紀はそう答えながら、亀三の事を考えていた。

 亀三は物心つく頃には既に神社に居たのだが、無口な上、あまり身の上など話さない。
そして、あまり亀三と遊んだ記憶もない。
だが別に亀三は裕紀を嫌っているわけでもなく、つかず離れずといった接し方だった。

 そんな亀三が、何故に陽の国への抜け道に詳しいのだろう、と。
亀三の生き方とは、どのようなものであったのか興味がわいた。
だが、聞いても答えてはくれない気がする。
なら詮索するのはよそう。

 ただ、亀三のこの体力、歩き方、この知識・・・。
なんとなくだが、もしからしたら陽の国の間者か、それに近い仕事をしていたのではないだろうか?
そう確信した。

 だが、素性はどうあれ亀三は信頼ができる者であることは確かだ。
これ以上知る必要はなく、信じればいい。
そう思い亀三の事を考えるのを裕紀はやめた。
それよりも裕紀には、現状、切実な問題があった。
裕紀は、亀三に聞く。

 「亀三、正直、私はお前より体力があると過信していた。
だが実際に山を歩き、今、自分の体力に自信が無い。
私は目的の場所へ辿りつき、養父様を見つけることができるのだろうか?」

 「珍しいですね、裕紀様が弱音(よわね)を吐くなど。」
 「珍しいかな? だがお前と歩いていて痛感したのだ。
お前は化け物のような体力で、私は(かな)わぬと・・・。」

 「はははははははは! 化け物ですか?!」
 「ん? 笑いごとではないぞ、本当にお前は化け物じみている。」
 「ははははは、これは面白い。」
 「面白い?! いやいやいや、冗談なぞ言っておらぬ。」

 「ならば貴方様の養父様は化け物より恐ろしいかもしれませぬな。」
 「へ?!」
 「本当の化け物が、いるという事ですよ。」
 「・・養父様が、か・・?。」

 「さて、そろそろ行きますぞ。」
 「え? あ、ああ・・。」

 裕紀は亀三に養父が化け物という事はどういう事か聞こうとした。
だが亀三に話しを打ち切られてしまった。
聞こうにも亀三はとっとと歩き始める。
これは聞いても話してくれぬと裕紀は理解した。
裕紀は亀三の後を追い始めた。
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