第82話 神薙の巫女

文字数 1,964文字

 姫御子へ裁定が下された。

 姫御子の官位は剥奪のうえ、巫女として地方神殿への追放だった。
そして、養父である最高司祭への嫌疑は晴れ無罪となった。
姫御子であった(いち)は、養父に(るい)(およ)ばなかったことにホットする。

 そして裁定後の二日、牢屋を出された。
牢屋から、地方神殿まで神殿の者と武家が護衛兼見張りとして付いてきた。

 結局、最高司祭である養父との面談は許されなかった。
この先、巫女の身分では最高司祭に会うことは叶わない。
できれば、養父に一言謝罪したかったが詮無(せんな)きことであった。

 そして籠に揺られること1週間、地方の神殿についた。
見渡す限り山また山である。

 最奥には切り立った壁のような岩山が見える。
この山が他国へ行くことを(はば)んでいる。
山を越え他国にいくことはできない。

 他国に行くには、来た道をもどり都を抜けていくしか無い。
そして街道には関所が設けられており、許可書がなければ通れない。
そして抜け道は男でも難儀するほどである。
つまり、幽閉されたのだ。

 この扱いは、無理もないかと市は自分を納得させる。
陰の国の祐紀様に好意があると認めたのだ。
陰の国に亡命する恐れがあると思われたのだろう。

 逆に、ここには小泉神官も自分に簡単に近づけないということだ。
そういう面では安心だ・・。
そう思うことにした。

 地方の教会は東雲(しののめ)教会という。
この教会に着いたとき、神父自ら出迎えてくれた。
単なる巫女としては異例の待遇である。

 この教会、最果ての教会であり本当に小さな教会である。
村人が10人も集まれば礼拝堂は満杯となる。
住居は教会横の掘っ立て小屋のような建屋だった。
女性と男性とでわかれている。

 神父は市に挨拶をする。

 「ようこそお()で下さいました。
 神父の竹井(たけい)です。」

 「今日からよろしくお願いします。」
 「最果ての小さな教会です、ご不便をかけるかと。」
 「いえ、そのような・・。」

 すると護衛で来た者たちが、早く都に戻りたいのであろう・・。
神父と市の会話に割り込んできた。
地方の神父とはいえ、護衛についてきた神官より位は上である。
また護衛というより見張りできた侍達も神父より官位は低いはずだ。
不躾にも程があるのだが・・。

 「神父、たしかに巫女はお渡しいたした。
 では、我らはこれにて。」

 言うと同時に、(きびす)を返して去って行った。

 神父は溜息をつくと、教会の中に姫御子を招きいれた。
市は神父に従い後を付いていく。
礼拝堂を過ぎ、執務室に入った。

 神父は姫御子を座らせ、お茶を入れる。
お茶といっても、野草のお茶だ。
ハーブティのようなもので、すこし青臭い。
都と同じお茶など、この地方では飲むことはできない。

 「大変でございましたでしょ、ここまでは・・。」
 「いえ、楽ではありませんが、それ程では。」
 「そうで御座いますか。」

 二人は少しの間、歓談をした。
そして、機を見計らっていたのであろう、神父が話しを切り替える。

 「さて、貴方様の呼び名なのですが・・。」
 「心得ております、よろしく願います。」
 「そうですか・・。
 姫御子様であった貴方様に申し訳ないのですが・・。」

 「いえ、私はもう一介の巫女ですゆえ。」

 その言葉を聞いて神父は目を見張る。

 神父は嫌というほど中央の教会の傲慢さを見てきた。
地方はゴミとでもいうような扱いだ。
そのため姫御子という官位を剥奪され、地方の教会で呼び名を決められる。
こんな屈辱的な事はない。
八つ当たり、罵詈雑言(ばりぞうげん)があるものと覚悟していたのだ。

 それなのに、穏やかな顔で当然です、という顔をする。
竹井神父は、姫御子という官位についての思い込みを反省した。
姫御子とは中央の権威主義とは異なり、神に仕えている巫女の(かしら)なのだと。

 神父は穏やかな笑顔に戻り話しを続けた。

 「それでは、教会の規則により、貴方様の呼び名を決めます。」
 「はい。」
 「神薙(かんなぎ)の巫女でよろしいでしょうか?」
 「神薙ですか?」

 「はい。
 今まで貴方様の能力をそのまま呼び名にした巫女はおりませぬ。
 ですが、貴方様のことを考えますと・・。
 一介の巫女の呼び名では、あまりに不相応です。
 ですので・・。」

 「畏れ多い呼び名ですね。」
 「いえ、そのような事は・・。」
 「ありがたく御名(みな)を頂きます。」
 「はい、それではそのように。」

 このように東雲教会での第一歩を神薙の巫女は踏み出した。

 
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