第54話 祐紀の目覚め

文字数 2,204文字

 祐紀(ゆうき)(まぶ)しさを感じ、目を覚ました。

 「ここは・・。」
 「お目覚めでございますか!!」
 「え? ええ・・。」
 「よかった・・、本当に・・。」

 祐紀はボ~っとする頭で、いったいお紺(おこん)さんは何を言っているんだろうと思った。
そう思いながら、なんでお紺さんは私の枕元にいるんだろうと・・。
次の瞬間、ガバリと祐紀は上半身を起こした。

 「あ、ダメです! 寝ていて下さいまし!」

 お紺が悲痛な叫びを上げる。
そしてお紺は祐紀の側に寄ると、祐紀の肩を押さえゆっくりと寝かせる。
祐紀はお紺の慌てた様子と、真剣な眼差しにお紺のするがままに再び床につく。

 「私はいったい・・。」
 「覚えていないのですか?」
 「え? ええ・・。」
 「祐紀様は2日前に朝餉(あさげ)の最中に倒れられたのです・・。」
 「え!」
 「覚えておりませぬか?」
 「え? あ、はい・・。」
 「そうですか・・。」
 「・・・。」
 「すみませぬが、そのまま寝ていて下さいますか?」

 お紺の顔をみると真剣な眼差しで祐紀を見つめている。
祐紀は仕方なく、素直に頷いた。

 「私は少し席を外します。」
 「はい。」
 「あ、その前に白湯(さゆ)を飲んで下さいませ。」
 「あ、ああ・・。」

 お紺は近くの火鉢(ひばち)にかけてあった薬缶(やかん)のお湯と、急須(きゅうす)の水を湯飲み(ゆのみ)に注いだ。

 「お医者様から、目覚めたら白湯(さゆ)を飲ませるように言われておりますので。」
 「うん、わかった頂くよ。」

 そういうと祐紀は上半身を起こし、お紺から湯飲みを受け取る。
湯飲みは暖かく手の(ひら)からじんわりと熱が伝わってくる。
その暖かさで何故か心が落ち着く。
ゆっくりと湯飲みに口をつけ、一口飲んだ。

 その様子を見てからお紺は立ち上がり席を外す。

 「いったい俺はなんで倒れたんだ?」

 ぼ~っとする頭をゆっくりと左右に振り、意識をはっきりさせようとした。
だが、思い出せない。
しばらくすると廊下から足音が聞こえてきた。
(あわ)ただしく(ふすま)があけられ医者らしき人物が入ってきた。

 「目を覚まされましたか!」

 声がでかい。
おもわず湯飲みを落としそうになった。

 「おっと、これはすまぬ。
 地声(じごえ)なので気にするな。」

 そう医者は言うが、大声で話しかけられるとクラクラする。

 「脈を拝見する。」

 そういうと有無を言わさず湯飲みを乱暴に取り上げられた。
すぐさま脈を測り出す。

 「うん、うん、脈は大丈夫そうだ。 では目を見させてもらう。」

 そういうのと同時に、顔を引っ張られた。

 「そのままで。」

 そう言うと、目をこじ開けられた。
脂ぎった医者の顔がグッと近づく。
タバコ臭い。
思わず顔を(しか)めた。
医者はそんな様子にはまったく動じない。

 「うむ、問題なさそうじゃ、わしゃ、帰る。」

 そういうと医者は立ち上がり、(ふすま)も閉めずに帰ってしまった。
お紺はそんな医者の様子にさも当然という感じで、そっと襖を閉める。

 「腕はよい医者なのですが、偏屈なのです。」
 「はぁ・・わかります。」
 「ふふふふふ、でも、ようございました、意識が戻り・・。」

 そういうとお紺は袖でそっと涙を拭った。
祐紀はお紺が泣いているのに、それで気がついた。
だいぶ心配をかけたようだ。

 「すみません、心配をおかけして。」
 「いえ・・、女中ですから気になさらずに。」
 「いや、私は貴方を姉のように思っております。」
 「まぁ!」
 「私の事を親身にして下さる貴方(あなた)を見て、姉がいたらこうなのだろうかと思いました。」
 「もったいないお言葉です。」
 「いえ、私は女中だとか、そのように接した覚えはないのですが・・。」
 「はい、それは感じておりますが、私は自分の身分を(わきま)えております。」
 「あ! すみません。」
 「いえ、謝ることではありません、ですが、有り難うございます。」

 祐紀はうれしくもあり、恥ずかしくもあり、医者に取り上げられた湯飲みを再び取った。
その様子を見たお紺は・・

 「祐紀様、食事は取られますか?」
 「あ・・、そういえばお腹が()いております。」
 「わかりました。医者からお粥(おかゆ)を出すように言われております。」
 「お粥ですか? 

が食べたいんだけど?」
 「だめです。」
 「だめですか?」
 「はい。」
 「厳しい姉ですね。」
 「ふふふふふ、姉とはそういう者ですよ。」
 「分かりました。でも、できればこれからも優しい姉でいて下さい。」
 「はい、女中として誠心誠意、お世話をさせていただきます。」

 そういってお紺は笑った。
つられて祐紀も笑う。
お紺は、祐紀の様子から大丈夫だと確認ができたのだろう。
祐紀が目覚めたときに比べ、だいぶ落ち着いて、いつものお紺に戻っていた。

 「それではお食事の用意をしてまいります。」
 「はい、お願いします。」
 「ただし、寝ていて下さいまし。」
 「はい!」
 「よいご返事です。」

 そういうとお紺は部屋を出て行った。

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