第79話 陽の国:渦巻く陰謀 9 本格的な取調べ 

文字数 2,496文字

 姫御子(ひめみこ)の本格的な取調べが始った。

 吟味役(ぎんみやく)の名前は吉左衛門(きちざえもん)という。
吉左衛門は名家・遠埜(とおの)家の主である。
吉左衛門の

での評判は悪くも良くも無い。
凡庸(ぼんよう)とも言えた。
先代は切れ者と言われ期待をされていたのだが・・。

 性格であるが正義感が強い。
吟味役という家柄(いえがら)で育ったことが大きいのであろう。
そして融通(ゆうずう)が利かない。
よくある正義感が強いが、思い込みも激しく浅慮(せんりょ)なのである。

 吟味は、吉左衛門と小泉神官、そして書き役の三人体勢で行われた。
それ以外に、必要に応じて証言者が招かれる。

 一日目は、姫御子が陰の国との繋がりを持った経緯の吟味から入った。
終始一貫して姫御子は陰の国との繋がりを否定し続けた。
だが、吟味役は(がん)としてその供述を認めない。
小泉神官は、それとなく姫御子の言い分に溜息を吐き、吟味役にどうしようも無いとアピールを繰り返す。

 姫御子は陰の国で行われた

に同行した者を招き、その証言を求めた。
しかし、これに小泉神官が意義を唱える。
神殿関係者であり、最高司祭の息がかかっているので信頼できないと。
口裏を合せるだろうと吟味役に進言をする。
吟味役は、それを素直に聞き入れる。

 吟味役にとって、姫御子が陰の国と繋がっている言質と証拠が欲しいだけのようだ。
小泉神官がそのように仕向けているのは明白である。

 姫御子は先日、素性の知れない商人が牢屋で言ったことを噛みしめる。
この吟味は茶番だ。
私が陰の国に肩入れをしたと明言をするまで続けられるだろう。
だが、そんな事実はないし、嫌疑を認める気などない。

 小泉神官が心配そうな素振りで話しかけてくる。

 「姫御子様、牢屋での生活はお辛いでしょう?」
 「・・・。」
 「私は御身が心配なのですよ。
 高貴の貴方様があのような場所にいては病気になります。」

 それを聞いて姫御子は小泉神官を一瞬(にら)んだが直ぐに仮面をかぶる。
笑顔を取繕い(とりつくろい)、おっとりとした声で答える。

 「ご心配していただき有難う存じます。
 でも、(いわ)れの無い嫌疑に折れるわけには参りませぬ。」

 その言葉を聞いて、小泉神官はわざとらしく溜息を吐き吟味役を一瞬見る。
そして、(やさ)しく(さと)すように話しかけた。

 「姫御子様、罪を認めたら楽になりますよ?
 情状酌量(じょうじょうしゃくりょう)余地(よち)はあるのです。
 貴方(あなた)様の御神託(ごしんたく)で救われた民は多い。
 それに巫女(みこ)らからの信頼も厚い。
 神殿内からも姫御子様の釈放の嘆願(たんがん)が届いております。
 今、素直に認めれば罪は軽くなるのですよ?」

 「ご助言、ありがとう存じます。」
 「では・」
 「ですが、私は何も(やま)しいことはしておりませぬ。」
 「・・・。」

 このようなやり取りを3日間連続で行っている。
その間、吟味役は姫御子の話を一つも聞こうとしない。
吟味は朝から日が暮れるまで続けられていた。
気を抜くと小泉神官の誘導に乗せられるため、吟味中は少しも気が抜けない。
精神も体力もボロボロだ。
だが、最高司祭である養父、

祐紀(ゆうき)に迷惑をかけるわけにはいかない。
それだけを思い気丈(きじょう)に振舞っていた。

===

 吟味を終え牢屋(ろうや)に戻されると、牢番が去るまでは姿勢を正し正座をする。
牢番に見苦しい姿など晒す(さらす)わけにはいかない。
しかし、牢番が去ると崩れるように両手をついて上体を(ささ)えるありさまだ。
食事も罪人のため質素、いや、粗悪である。
いくら罪人でも身分的に有り得ない食事だ。
おそらくこれも小泉神官の嫌がらせであろう。
だが、食べない訳にはいかない。
体力が落ち、空腹では注意力散漫となり隙を作ってしまう。
無理矢理に飲込むように食べる毎日だ。

 そんなある日、小泉神官が牢屋に姿を現した。
前と同じように深夜のことである。
真っ暗だった牢屋に明りが灯る。
今回は一人だった。

 「いかがですかな姫御子様、牢屋の生活は?」
 「住めば都と言いますが、実感をしております。」
 「それは、それは、さすが姫御子様ですな。」
 「今日は何用ですか? 雑談をしに来られたのでしょうか?」
 「ふふふふふふ、気丈ですな、姫御子様は。」

 小泉神官は、人には見せない笑顔で笑う。
野卑(やひ)という言葉が、まさに当てはまる笑顔だ。
虫唾(むしず)が走る。
その気持をグッと(こら)え、姫御子は平静を装う。

 「お()めいただき恐縮です。」

 「まあ、夜更けですし私も時間が惜しい。
 良いですか、良く聞きなさい。
 このような場所から貴方様を出して差上げます。」
 「・・・・。」

 「罪を認めなさい。
 そうしたら私は最高司祭に罪が及ばないように致しましょう。」
 「それは・」
 「聞け!」
 「・・・。」
 「貴方さえ罪を認めれば丸く収るのです。
 最高司祭は貴方との縁が切れるだけで問題はない。
 あなたも罪人ではなく無罪放免になる。」
 「どういう意味ですか?」

 「言葉通だ。」
 「無罪放免などと信じられるとでも?」
 「条件が付くがな。」
 「・・・。」

 「貴方は陰の国に肩入れしたんだ。
 だが、貴方の今まで国に尽したことを考えて罪は問わない。
 その代り、一介の地方の巫女の一人となれ。
 御神託が降りたら神殿に言えばいい。
 悪い話しではあるまい。」
 「・・・。」

 「考える時間をやろう。
 そうだな、考える間は吟味をしないでやる。
 二日後の夜に返事を聞きにくるので、よく考えるんだな。」

 そう言捨てると、小泉神官は話しは終ったとばかりに牢から離れていった。
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