第11話 水場

文字数 1,592文字

 祐紀が1歳半の夏の頃だった。
宮司は馬に乗り、自分の前に祐紀を乗せて孤児院に向った。
祐紀に孤児院というものを勉強させるためにも幼い頃から馴染ませるのが良いと考えたからだ。

 孤児院に向う道中で、宮司は顔を(しか)めていた。
河川の水は見るからに少なく、田んぼの水もほとんどなく、畑に至っては見る影も無い。
旱魃(かんばつ)である。
道中にある村では、飲み水さえままならない有様だ。
宮司も何かしてやりたくても、こればかりはどうしようもない。

 そんな殺伐とした風景を眺めながら馬を進めていた時だった。
祐紀が突然、宮司に何か訴えてくる。
何事かと手綱を引き、馬を止めた。
祐紀は、どうやら馬を下りたいらしい。
周りを見回すと、村から外れた山沿いの道のため人影はない。
宮司は安全を確かめた上で馬から下り、そして祐紀を下ろした。
すると祐紀は、山に向ってトコトコ歩いていく。
そして転んだ・・・、泣くこともなく立ちあがる、そして歩く・・・。

 道から外れた場所は凸凹(でこぼこ)し、さらに短い雑草が生えている。
そんな場所を転ばずに歩けるようになったばかりの祐紀が歩くのだから無理はない。

 その様子を見ていた宮司は、祐紀が何をしたいのか分からなかった。
しかし、あまりにも真剣に何かに向って歩いていく姿をみて祐紀を止められなかった。
ただ、あまりに転ぶので、しかたなく祐紀を追いかけて捕まえると肩車をした。
祐紀は、キャッキャキャッと喜び、山の一点を指でさす。
どうやら、山際の草が生えている窪地(くぼち)に行きたいらしい。
そんな所に何故いきたいか分からないが、喜んでいる祐紀をみると無碍(むげ)にも出来ない。
仕方なしに指をさされた窪地に行き、祐紀を下ろした。

 祐紀は小さな半径3メートルくらいの窪地の真ん中まで歩くと、おもむろに座り込んだ。

 あ!

 宮司はしまったと思った。
せっかくの服が泥だらけた。
当の本人は、座るだけでなく手で泥をほじくり出す。

 「ゆ、祐紀! 辞めなさい!
爪が剥げたらどうする!」

 慌てて駆け寄り、祐紀を抱き上げた。
すると祐紀は、大声で泣き始め、足をばたばたさせ、下ろせと抗議をする。
その暴れようは、今まで見たことがなかった。

 いったいどうしたというのだ?

 あまりの剣幕に戸惑った宮司は、祐紀の先ほどの様子を見て思い至った。
そうか、あの窪地を掘りたいのか・・。
しかたない・・(わし)が祐紀の代わりに掘れば大人しくなるか・・。
そう思い、じたばたしている祐紀を抱えたまた、近くにある棒きれを拾い窪地を掘り始めた。
すると祐紀はじたばたするのをやめて、突然大人しくなった。

 宮司はため息を吐き、祐紀を下ろした。

 「祐紀、ここで大人しくしていなさい。
儂が、ここを掘ってあげるから・・」
 
 祐紀は宮司を見上げ、キャッキャと喜んで手を叩く。

 宮司は仕方なく棒で窪地を掘っていった。
最初、粘土質だった土も、掘り進めると砂地ぽい土となり、さらに掘ると湿った土になる。

 まさか!

 宮司は棒で勢いよく掘り進めると、水がじわじわと滲んできた。
宮司は側に居た祐紀を愕然(がくぜん)と見つめた。

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 宮司は近くの村に行き、村人に(くわ)鋤き(すき)を持たせ、先ほどの窪地に連れてきた。
村人は窪地を見ると目を見開いた。
そして呆けたように宮司を見る。
宮司は頷くと、そこを掘るように村人に言った。

 その後のことは記すまでもないだろう。
水が出ることを確かめた村人は、ここに井戸を作った。
その井戸のお陰で飲み水が確保できた。

 それから暫くすると祐紀の噂が流れ始めた。
神と話しができる男の子(おのこ)だと・・・。
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