第203話 縁 その3

文字数 2,299文字

 神一郎(しんいちろう)は自分で食事がとれるまで回復した。

 猪座(いのざ)は今まで神一郎の素性や何があったのか聞くことはなかった。
そんな猪座(いのざ)が、今日は神一郎と向かいあった。

 神一郎は姿勢を正し、猪座と向かいあう。
そして(あらた)めて礼を言った。

 「(それがし)を助けていただき、お礼を申し上げる。」
 「・・・・。」
 「この礼は必ず・・・。」

 猪座は何も言わずに神一郎を見つめる。
そんな猪座の隣に少女がちょこんと座り、行儀良くしていた。

 ()(けい)に神一郎は微笑み(ほほえみ)かける。

 「お恵ちゃんだったかな?」
 「あぃ!」
 「おじちゃんは、お恵ちゃんのおかげで元気が出てきたよ。」
 「よかったね、おじちゃん。」

 そう言ってお恵はニッコリと微笑んだ。
神一郎も微笑み返す。

 そんな神一郎に猪座は問いかけた。

 「明日からはお(かゆ)ではなく普通の食事に戻しましょう。
寝たきりでもよくありません。
体も少しずつ動かして慣し始めたらいかがでしょうか?
ですが無理は禁物です。
此処(ここ)で養生をし、体力をつけてくだされ。」

 「ありがとうございます。
お言葉に甘えさせていただきます。
では、後、数日間ここに居させてください。」

 「数日だけ? それでは無理かと思いますが?」
 「私も所用がありますし、あまりご厄介(やっかい)になるのも・・。」

 傷口も治りかけているとはいえ、塞がってはいない。
山歩きなど数日後にできるものではない。
それなのに此処を去ろうとする神一郎に猪座は首をかしげた。

 猪座は思うことを率直に述べる。

 「・・・もしや、我らに何か危険が及ぶとでもお考えか?」
 「・・・。」

 神一郎は何も答えなかった。
だが答えないのが答えとなる。
猪座はというと、それ以上聞くことはなかった。

 互いに押し黙った二人を、お恵は不思議そうに交互に見つめる。

 神一郎は、一つため息を吐いた。

 できれば猪座とその娘は自分の事を何も知らない方がよい。
自分を探す敵が此処に来た時に、何も知らない者に手出しなどしないはずだ。
だが、猪座は危険がありそうだと感じながら自分を引き留めている。
ならば・・危険であることを話せる範囲で話すべきだと考えたのだ。

 「これほどお世話になり、何も話さないのも無礼に当たりますね・・。」
 「話したくないのなら、話す必要はないのだが。」
 「いえ、話せる範囲でお話ししましょう・・。」
 「そうですか・・。」

 「そういえばまだ名乗っていませんでしたね。私は神一郎といいます。」
 「知っております。」
 「え?!」

 神一郎は驚愕した。
そんな神一郎に猪座は話しかける。

 「私のことを覚えておりませぬか?」
 「すみません・・会った記憶がないのですが?」
 「そうですか・・、私は貴方に救われたことがあります。」
 「?」

 「神一郎様の事情を聞く前に、儂の事を話した方がよさそうですね。
さすれば貴方様を何故助けたのか疑問も解けましょう。
そして気兼ねなく此処で療養する気になるかもしれませんので。」

 猪座は神一郎に自分の過去を話し始めた。
ただ、自分の事は他言無用だと言われ、神一郎はそれを承諾した。

 猪座は()()()国主(こくしゅ)直属の部門の者であった。
ある時、一人の家老に不穏な動きがあるとの情報を得て調査を進めていた。
そしてその家老が、ある夜に料亭に籠で向かったという情報を得たのだ。
(くだん)の家老が料亭に行くのは珍しい。
猪座は料亭へ先回りをし、部下を二人だけ伴い料亭内に忍び込んだ。

 家老のような重職が使用する部屋は料亭では決まっており、すぐさまその天井裏で待機する。
やがて家老が到着したのであろう、座敷に人が入って来る気配がした。
しばらくすると料理が運ばれる気配がし、人払いの声が天井裏でも聞こえた。

 部下が天井板を少しずらして部屋の様子を見ようとしたときだ。
突然部下が悲鳴を上げた。

 「ぐわぁっ!」

 くぐもった声とともに倒れ込み、その勢いで天井板と一緒に部屋に落下した。
猪座は思わず開いた天井から下を見てしまった。
するとそこには(やり)(かま)えた武士がいた。
どうやら部下は槍で突かれたようだ。

 何故、槍などを持って料亭にいる?
この料亭では入り口で武器を預かるの事になっているというのに・・。
そう思いながら猪座は部屋を見下ろす。
そして異常に気がついた。

 家老がおらん!!

 どういう事だ、これは?!
まさか儂らをおびき寄せる罠か!

 そう思い当たった直後・・
武士が大声をあげる。

 「そこの(ねずみ)
この料亭は儂の手下が既に包囲しておる!
観念せい!」

 猪座はそれを聞くや否や、その場から逃走した。
だが、その足下(あしもと)に槍が飛び出す。

 ブスリ! ブスリ!

 かなりの手練(てだ)れのようだ。
天井裏にいる自分の姿は見えないはずなのに、音を立てずに走る自分の足下に槍が顔を出す。
一瞬でも油断したら一巻(いっかん)の終わりだ。

 だが、突然槍が足下から出なくなった。
壁か何かがあり、槍を振るう者が追ってこれなくなったようだ。
足下の危険がなくなり、猪座は安心し天井裏を駆けた。

 早く、庭に待機させていた部下に撤収(てっしゅう)を命じねば危ない!

 猪座は焦る気持ちを抑え、部下が待機している庭へと急いだ。

 天井裏を抜け、猪座は庭に飛び出す。
そこで目にしたものに猪座は目を見張る。
庭のあちこちで部下が倒れていたのだ。

 倒れている部下の周りには多勢の武士が立っていた。
間に合わなかったのだ・・。

 庭にいた武士達は猪座に気がつくやいなや、一斉に襲いかかってきた。
猪座は命からがら、なんとかその場を逃げきった。
安全な場所まで逃げおおせた時、立ち止まり奥歯を噛みしめた。

 ギリッ!

 奥歯を鳴らせ天を仰ぎ声を漏らす。

 「家老が仕掛けた罠だったとは! 不覚!」

 猪座は慚愧(ざんき)の念に駆られながら夜の(とばり)の中を再び走り始めた。
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