第88話 仕事を増やさないで欲しい・・ その1

文字数 2,754文字

 祐紀(ゆうき)をつけている怪しい者がいた。

 だが、祐紀は気がつかない。
祐紀をつけている者は、気配(けはい)を完全に消しているのだ。

 それに、今の祐紀は物思いにふけっていた。
それも陰の国の存亡に関わる事だ。
そのような事を考えていれば、周りなど見えなくなるだろう。

 もし、武術の達人だったらどうであろうか?
尾行者に気がついたかもしれない。
しかし、残念ながら祐紀は神主(かんぬし)であり武術の達人ではなかった。
一介の神主に気がつけと言っても無理な話しだ。

 ただ、祐紀には霊感がある。
それも陰の国の中で一番といわれる霊能力者だ。
もし、考え事をしていなければ気がついたかもしれない。
とはいえ、自分がつけられるような心辺りが無いなら霊感が働いたか微妙なところだ。
霊感とはそういう一面もあるのだ。

 祐紀を尾行している者は、深編み笠(ふかあみがさ)をかぶった虚無僧(こむそう)だった。
この者一人だけで行動しているようにみえる。
足音を一切立てず、防火用水の(おけ)や曲がり角を巧妙に利用して後をつけている。

 ただ、ここで疑問が残る。
虚無僧姿なら、後ろを振り向いて見つかったとしても疑われることはないだろう。
よほど挙動不審が行動を取らない限りは。
虚無僧など有象無象、どこにでもいるからだ。

 そういう点からみると、この虚無僧姿の者はかなり慎重だ。
単なる尾行にしては、慎重すぎるとも思える。

 尾行されていると気づかない結城は下を向きながら歩き続ける。
祐紀は考えがまとまらず、珍しく苛立っていた。

 そして立ち止まり、声をあげた。

 「ああ、もう!!
 地龍(ちりゅう)対策なんて簡単に思いつくわけがない。
 それを佐伯様は一週間で考えろと言う。
 考えた末に出した結論が姫御子様の協力だったのに。
 それが断られたのだから、他の方法なんてあるわけがない。
 簡単に言う佐伯(さえき)様が考えて欲しいよね!」

 そう言って祐紀は苛立ちを発散させた。

 言葉を出して少し祐紀は落ち着いた。
しばらくしてから深呼吸をする。
そして祐紀は後頭部に右手を当てて、目を瞑った。

 「でもさ~、どうしよう・・。
 別の対策なんて、そうそう有るもんじゃないよね・・。
 ・・・
 決めてのない考えの堂々巡りにしかならないよ。
 どうすればいいんだろ・・」

 そう祐紀は呟いて、空を仰いだ。
雲一つない青空が目に入る。
それを(しばら)く見ていたら、肩の力がぬけてくる。

 「う~ん、考えるのをちょっとやめようかなぁ。
 気分転換て必要だよね。
 景色のよい河原にでも行ってみようか?
 気分を変えると良い考えも浮かぶかもしれないよね。
 うん、そうしよう!
 おにぎりでもあれば最高なんだけどね・・。」

 祐紀はそう呟くと、考えるのをやめる。
そのせいか、顔が晴れ晴れとしていた。

 だが100mも歩かないうちに、また考え始めていた。
先ほどの晴れ晴れとした顔は、また元の難しい顔に戻っている。

 そんな祐紀が、次の(かど)を曲がり右側の道に入る。
虚無僧(こむそう)姿の男はそれを確認すると、周りを確認した。
周りには人影はない。

 虚無僧姿の男は、深編み笠(ふかあみがさ)(はず)した。
深編み笠を外したのは至極当然の動作である。
もし、祐紀が何気なく角を振り向いたらどうなるだろうか?
角から深編み笠で覗いた場合、深編み笠は悪目立ちするからである。

 虚無僧姿の男は深編み笠を片手に音も立てずに全力で走る。
そして、走り角で一旦立ち止まる。
少し間を置いてから角から顔を出し、祐紀を確認しようとした。

 「バカな!」

 虚無僧姿の男は思わず小声で叫んだ。

 驚くのは無理もない。
祐紀の姿が忽然(こつぜん)と消えたのだ。

 虚無僧姿の男は角から飛び出して、道を確認する。
そこには祐紀の姿は無かった。

 そしてハッとした。
思わず小声で叫んでしまったことを。
そして角から飛び出して、慌てて道を見たことを。

 もし、自分を見ていた者が居たら非常にまずい。
怪しまれる可能性がある。
見られたらば、念のため始末しなければならない。

 ゆっくりと後ろを振り向いた。
だが、周りには誰もいなかった。
念のため角まで戻り確認をした。
やはり誰もいなかった。

 ホッとして、深編み笠をかぶりなおした。
そして歩きながら道を確認する。

 道は真っ直ぐに直進し、はるか向こうまで見える。
500mも進めば田園地帯になる。
田園のため障害物がなく見渡すことができた。

 そして、この直線の道に自分以外誰もいない。

 分岐する道は田園地帯に抜ける直前にある。
それは前述の通り500m程先だ。
それ以外に道はない。

 犬ならば全力疾走で走って曲がったなら見失っても不思議はない。
だが、残念ながら祐紀は人だ。
そんな速さで駆け抜けられる訳がない。
武芸者であっても無理な事だ。
ましてや祐紀は一介の神官だ。
有り得ない事だ。

 虚無僧姿の男は、ゆっくりと後ろを振り返る。
周りには誰もいない。
それを確認すると次の角まで全力で走った。

 曲がり角に辿り着くと、立ち止まり後ろを振り向く。
誰も居ないことを確認し、深編み笠をとった。
そして曲がり角から覗く。
やはり祐紀の姿は見えない。

 この道も一本道で直線だ。
途中で分岐する道はない。
見失うことは有り得ない。

 虚無僧姿の男は、深編み笠をかぶった。
そして言葉を吐き捨てる。

 「ちっ! 拉致(らち)しそこねたか!」
 
 「・・誰をだ?」

 その言葉に虚無僧姿の男はギョっとした。
慌てて振り返ると同時に、尺八に手をかけた。
その時、鳩尾(みぞおち)を刀の柄で突かれ気を失った。

 倒れるとき尺八が手から溢れ地面に刺さる。
尺八の半分が刃となって鈍く光っていた。
仕込み尺八だ。
尺八の残り半分は、倒れた虚無僧姿の男が握っている。

 虚無僧を気絶させた男は言葉を発した。

 「此奴(こやつ)を取り調べ室に運べ。」

 その声に、その男の後ろで控えていた者達が前に出て担ぎ上げる。
そして一礼して奉行所の方に戻って行った。
この者達は侍姿だ。
おそらく寺社奉行配下の者達であろう。

 一人残った男は、辺りを見回す。
そして呟く。

 「祐紀殿は何処に消えた?
 煙のように消えたとしか思えん。
 これも霊能力によるものなのか?
 不可思議な能力よのう・・。」

 そう言うと(きびす)を返し寺社奉行所に戻って行った。

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