第162話 解放された巫女

文字数 2,251文字

 小泉神官は、現状を把握しようとした。

 外には()の国の手練れ(てだれ)達10人が居たはずだ。
その手練れが助左(すけざ)にやられたなどとは考えられない・・・。

 ならばあの者達がいる中をどうやって気付かれずに助左(すけざ)はこの扉まで辿(たど)り着けたのだろう?
あれほど愚鈍で自分より弱いと思えた助左がだ・・・。

 今、目の前にいる助左は先日会った者とは別人のように見える。
姿形は似ているがまるで別人だ。
(しゃく)ではあるが、こんな不気味な奴は相手にしないのが一番だ。
逃げることにしよう。

 だとしたら、目の前にある扉から外に逃げ出るしかない。
しかし扉の前に助左がいる。
助左の横を通り逃げ切るしかあるまい。
さて、どうしたものか・・。

 今の助左は前とは違って見えるとはいえ、前の様子では助左は愚鈍(ぐどん)だった。
いくら雰囲気が変わったからといって、人の動きまで変わるはずなど無い。
彼奴(あやつ)(かわ)して逃げるなど簡単にできるはずだ。
外にいた彼奴等はどうなっているか分からん。
だが、ここから脱出して()の国に逃げ込みさえすれば儂は助かる。

 そう考えた小泉神官は落ち着きを取り戻した。
そして助左を注意深く観察する。

 助左は(わし)一人ならばなんとかなるとでも考えているのであろう。
余裕に思っているのかノホホンとしている。
(すき)だらけだ。
今ならば逃げられる、そう判断した。

 小泉神官の動きはそう考えると早かった。
突然()け出したのだ。

 そして助左の真横を通り過ぎようとしたときである。
小泉神官は助左をチラリと見てニヤリとした。
助左は()()()()とした顔を横に向け、通り過ぎる自分を暢気(のんき)に見ていたのだ。
これでは(わし)など捕まえる事などできん。
やはり此奴(こやつ)は愚鈍だった。

 よし! これで外に逃げられる。

 そう考えた時だ、異変が起こった。
体がフワリと宙に浮いたのだ。

 「えっ!!」

 突然、天地がひっくり返り浮遊感を味わう。
そして一回転して、外に放り出されのだ。

 境内の木々が目まぐるしく回るのが目に(うつ)る。
その映像が見えたは、ほんの一瞬であった。
すぐさま地面に背中からたたきつけられる。

 「グエッ!!」

 悲鳴とともに、いやな音が自分の体からする。

 ゴキッ!

 な、なんだこの音は!
い、いや、それどころではない!

 い、息がで、できない!

 苦しさに喘いでいると、やがて激痛が襲ってきた。
悲鳴を上げたいが、声が出ない。

 やがて激痛と息ができないことで小泉神官は気を失った。

 そんな小泉神官に暢気(のんき)な声がかかる。
 
 「うん? 大丈夫か?
せいぜい肋骨(あばらぼね)の数本が折れた程度だと思うが・・。
死ぬことはないから安心してよいぞ?」

 だが、その言葉に返事はない。

 「やれやれ・・、気絶をしたのか。情けない奴だ。
悪党ならばもうすこし悪党らしく立ち上がって儂にかかってこれないものか?」
 
 助左は溜息混じりに、倒れ込んで起きてこない小泉神官に話しかける。
小泉神官から返事が返ることはなかった。

 助左は小泉神官から視線を(はず)し、神殿内に視線を戻した。
仰向けになったまま動こうとしない神薙(かんなぎ)巫女(みこ)が見える。
助左はゆっくりと(そば)へ歩いて行った。

 辿り着くとしゃがみ込み、神薙の巫女を縛っていた縄を(やさ)しくほどく。
そして神薙の巫女を、そっと抱き起こした。

 神薙の巫女のキラキラしていた美しい瞳は光りを失い、焦点をどことも合わそうとしなかった。
無理も無い、純粋無垢(むく)な女性・・いや子供である。
それも巫女だ。
男性からこのような怖い思いをさせられるなど、露程(つゆほど)にも思っていなかったことだろう。

 助左は神薙の巫女が怪我(けが)をしていないか確認をしながら寝間着の乱れを直す。
そして怪我が無いことを確認した助左は安堵(あんど)の息をついた。

 助左はやさしい声音(こわね)で神薙の巫女に話しかける。

 「痛いところは無いですか?」
 
 その言葉に、神薙の巫女は感情のない顔をゆっくりと助左に向けた。
しばらくすると目の焦点が助左に合い、ゆっくりと目に光りが戻り始める。
そして、右目から涙が(にじ)み出てきて、やがて一(しずく)ポロリと落ちた。
それを合図にしたかのように両目から止めどなく涙が零れ始め、嗚咽が漏れ始める。

 神薙の巫女は、緩慢(かんまん)な動作で助左に(すが)り付いた。
助左はそんな神薙の巫女に声をかける。
 
 「よく頑張りましたね。
 怖い思いをさせてしまいましたね。
 もう大丈夫ですよ。」

 神薙の巫女は嗚咽で声が出せず、ただ顔をゆっくりと左右に振り続ける。
助左はそんな神薙の巫女を優しく抱き、頭をなでる。

 「貴方には悪いことをしました。
 ()の国の一味が、この国の内通している者と合流するまでは手が出せなかったのです。
 一網打尽にしなければ、また貴方が狙われてしまいますからね。
 お詫びします。」

 その言葉が神薙の巫女に届いたのであろう。
助左に縋り付いたまま、(わず)かに(うなず)いた。

 助左は神薙の巫女が落ち着くのを待つ。 
やがて神薙の巫女の嗚咽は段々とおさまっていき、夜のしじまが二人をやさしく包んだ。

 神薙の巫女は落ち着くと、助左に抱きついていた事に気がついたようだ。
あわてて助左から離れた。
それと同時に、助左に()びを入れる。

 「も、申し訳ありませぬ・・抱きついたりして・・。」
 「いえ、それよりも落ち着きましたか?」
 「・・・はい。」

 「痛い所はありませんか?」
 「いえ・・、ありません。」
 「そうですか、よかった。」
 「・・・。」

 「それでは、歩けそうですか?」
 「はい・・。」
 「無理しなくてもよいのですよ?」
 「いえ、歩けます。」
 「では、帰りましょうか。」
 「はい・・・。」

 そう言って神薙の巫女は、ぎこちなくも笑顔をつくった。
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