第43話 佐伯、町奉行と料亭で会う

文字数 2,436文字

 佐伯(さえき)は散々部下から苦情を言われ怒られた。
そして、その後は退屈な会議をこなし、自分の執務室に戻った。

 筆を取り町奉行宛に文を認め(したため)た。
内容は、馬鹿らしいと思われる内容だ。

 「明日は非番であろう。暮れ六つ(18時頃)、お前の2番目に好きな料亭で待つ。」
この一文だけだ。

 これは、いつもやっている定例の飲み会への誘いだ。
佐伯と町奉行は竹馬の友であり、また酒豪で知られている。
もし、(ふみ)を途中で盗み見た者がいたとしても、単なる呑みの誘いだと思うであろう。
そして、文を見たとしても料亭名が書かれていないので、場所がわからない。
町奉行と佐伯だけに通じる書き方だ。
そのため間者は佐伯か町奉行のどちらかを尾行しなければならなくなる。
町奉行も佐伯も尾行には慣れており、なんとでもなる。

 それでも間者が料亭に来たとしても、佐伯は構わなかった。
むしろ、これを不審に思う者がいて、料亭に来るなら、それはそれでよかった。
自分の周りを彷徨(うろつ)いた()の国の間者はすこし前に排除した。
それから自分に近づいて来る者はいない。
それが、もし、近づいてきたならば危険を(おか)してでも何かを知りたいということだ。
何か企んでいる(あかし)になる。
其奴(そやつ)を捕らえるなり、泳がせるなりすれば情報が取れる。

 さて、いずれにせよ町奉行を巻き込んで、自分は楽をしたいと佐伯は考えている。
(ふみ)を出したあと、佐伯は祐紀(ゆうき)を殿とどういう形で面会させるか、しばし考えていた。

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 翌日の夕方、佐伯はブラリと料亭にでかけた。

 料亭に入る前にすれ違った商人風の男が、佐伯に聞こえるだけの小声で手早く話し去っていった。
佐伯はボソリと呟く。

 「餌に食いついたか・・。」

 先ほどの者は、(くだん)の峠道の洞穴を見張っていた者だ。
洞窟から出てきた商人姿の男らをつけてきたら、この料亭に入ったらしい。
部屋を確認すると、儂等の隣の部屋をあえて予約してあったとのこと。
そして他の者が訪ねてくるか入り口を見張っていたら、儂が来たので知らせて来たようだ。

 ふむ・・、食いついてきたのは祐紀(ゆうき)が言っていた()の国の間者か・・。
緋の国が近いうちに何か企んでいることはわかった。
彼奴らに此処(ここ)で他の餌を与える必要はあるまい。
追い返して彼奴らを監視すればよいだけだ。

 それにしても何故この料亭で呑むと分かったのだろう・・。
まあ、考えるまでもなく奉行所内に間者がいるのであろうな。
そう考え口角を上げた。

 さて、酒でも飲みながら町奉行を待とう。
そう思い菅笠(すげがさ)を取って料亭に入った。

 「あら、いらっしゃいまし、佐伯様。」
 「女将(おかみ)、世話になるぞ。」
 「はい、お連れ様は半時前に来ておりますよ。」
 「なんじゃと! 約束の時間にまだなって居らんのにか?」
 「ええ、それと既に(ささ)(お酒)を召し上がっておりますよ。」
 「あの酒好きが! 何か言っていたか?」
 「はい、どうせ割り勘だ、先に呑んだ者の勝ちだと仰っていましたよ。」

 そう言うと女将は笑いながら部屋に案内をする。
部屋には町奉行の(はら)が赤い顔をし酒を飲んでいた。

 「遅いぞ、佐伯!」
 「何が遅いじゃ! この飲んべえが!」
 「ふん、お前に飲んべえなどと言われたくないわ!」

 「まあ、まあ、お二人とも仲がおよろしいようでなにより。」
 「「良くないわ!」」
 「あらあら、息がぴったりですわね。」
 「「う、ぬ・・・。」」
 「それでは料理を・・。」
 「いや、悪いが酒だけ2,3本だけ持ってきてくれ。
そして1時間程は、ここには誰も来させないでくれぬか?」
 「あ、はい。」
 「で、女将、

を借りるぞ。」

 そう行った瞬間、隣の部屋で気配が動いた。
佐伯はそれにあえて気がつかない振りをした。

 「では、お酒をそちらにお持ちいたしますね。」
 「うむ。」

 女将が去ると、原と佐伯は目配せをして

に移動した。
離れは他の建屋から切り離され、庭にいったん出てから行かねばならない。
佐伯は原と並んで庭を歩きながら離れに向う。

 「おい、離れでよかったのか?」
 「ああ、彼奴らの居る場所と、素性はわかっておる。」
 「なんと!」
 「緋の国の間者よ。」
 「・・・よく分かったな。」
 「ああ、理由は

で話す。」
 「わかった。で、彼奴(やつら)らはどうする?」
 「泳がせるさ。」
 「そうか。」

 

は周りに玉砂利(たまじゃり)が敷かれており、人が近づくと音がして直ぐに気がく。
また、離れの周りに植木はなく見通しがよい。
離れを隠れて伺うことは困難だ。
そのため、よく大商人の会合や、武家の密会用に使用される。

 佐伯は最初からここを予約すると餌に食いつかないだろうと考えた。
そのため、女将に母屋の予約をし、内密に離れも予約したのだ。
そこまでしたのに、引っかかったのが祐紀が知らせた連中であった。
あっけなさ過ぎる。
陰の国は甘くみられたものだ、と、佐伯は思った。

 そんな風に佐伯が考えて歩いていると、町奉行が声をかけた。

 「離れを利用するとなると、何か悪い知らせなのか?」
 「ああ、そうじゃ。」
 「ふむ・・。」
 「ところで、奉行所の中に間者が居ることはわかっておるのだろうな?」
 「ふん、当然じゃ。」
 「ならば、隣に居た者の素性がなんでわかっておらん?」
 「ぐっ! それは・・。」
 「それみろ、お前、少しはまともな部下を揃えろよ。」
 「う、ぬ・・そう言われるとぐうの音もでぬ。」

 そうこうするうちに離れに着いた。
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