第261話 陽の国・裕紀 その7

文字数 3,147文字

 「ところでお前は神薙(かんなぎ)巫女(みこ)様のどういうところが好きなのだ?」

 養父が裕紀にそう(たず)ねると、裕紀は即座に答える。

 「つっけんどんで、気が強く、主一筋(あるじひとすじ)の純粋さです。」

 「え? 待て裕紀!」
 「?」
 「神薙の巫女様がつっけんどん? 気が強い? 主一筋?」
 「はい、そうです。」

 養父は口をポカンと開け裕紀を見た。
そんな養父の様子を見て、裕紀は首を(かし)げた。
いったい養父は何に驚いているのだろうと。

 そんな裕紀に養父は言う。

 「お前が神薙の巫女様と話したのは、我が国に神薙の巫女様がお越し頂いたときであったな?」
 「はい。」
 「じゃが、お前は宴会の席で二言三言話し、あとは宴会席の後にほんの少し御神託で話しただけであろう?」

 「ええ、そうです。」

 「その時、つっけんどんで、気が強いと思ったのか?」
 「え? いいえ、その時は・・、え? あれ?」

 「それにだ、神薙の巫女様が(つか)えている(あるじ)とはだれだ?
 「主といえば、主ですが?」
 「神ではないのか?」
 「はい、そうですが?」

 「では、主とは・・、誰だ?」
 「え?! あ、あれ、え?」

 「裕紀、それらは夢、神力での会話で知り得たことか?」
 「・・・ええっと・・、いえ、たぶん、違うような、違わないような?」
 「神力による夢での会話と言い切れないのだな?」
 「はい。」

 「では普通の夢でそう思ったのか?」
 「いえ、違います。」
 「違うと言い切れるのか?」
 「はい・・・、なぜかそう思うのです。」
 「ふむ・・・。」

 養父は押し黙った。
裕紀も今まで疑問にさえ思っていなかった事を突かれて困惑していた。
では、何故に疑問い思わなかったのだろう?

 裕紀は自問自答をした。
だが、わからない・・。

 「これは何か、お前と神薙の巫女様に()りた御神託(ごしんたく)と関係があるやもしれぬな。」
 「え?!」

 裕紀は養父の見解に唖然(あぜん)とした。
御神託とは神聖なものだ。
人の色恋沙汰(いろこいざた)などに関与するようなものではない。
宮司である養父ならよく理解しているはずだ。
なのに何故そのような見解になるのであろう?

 養父は養父で考える。
神薙の巫女の事を。

 そう・・、神薙の巫女が()の国の者らに拉致(らち)されて救出した時のことを。
確かにあのとき、神薙の巫女は裕紀の事が好きなようであった。

 それは巫女として、それも最高位の姫御子(ひめみこ)として育てられたせいだと思っていたのだ。
多感な少女時代、恋に恋をすることを養父は知っている。
だから同じ神職で、同じ霊能力者である異性を意識したのであろうと。

 最初の頃は年頃の二人が、単に恋に恋していると単純に思った。
それも叶わぬ恋ゆえ、結ばれぬ恋だからこを燃え上がったのだと。
若い頃は純粋に恋におもむくままに突き進む。
そのエネルギーたるや恐ろしいものだと養父は分かっていた。

 だから無理に(あきら)めさせるより、互いを会わせ話すことで現実を再認識し、納得し別れた方が良いと考えたのだ。

 だが、どうも様子がおかしい。
霊能力者である二人が、通常あり得ぬ同じ御神託を受けたことに始まった二人の交わりが・・。
神のご意向としか思えてならない。
これは由々しき事態だ。

 神の意にそぐわないことを、権力者が権力を振るってしたならば大きな災いがおこる。
もし二人が神のご意向に従い、一緒になろうとしたなら権力者は阻止をするであろう。
権力者が自国の貴重な霊能力者を、他国の霊能力と結婚させるわけがないのだ。
霊能力者が他国で暮らすなどとなったならば、貴重な霊能力者を失うことになるからだ。
だが、そのくせ権力者といういうものは霊能力者の能力を決して信じているわけではないのである。

 御神託で災害が防げたとしても、それは偶然に当たっただけだと思う(ふし)がある。
御神託を蔑ろ(ないがしろ)にしているのだ。
つまり神を蔑ろにしているとも言える。

 神の意にそぐわない事をしたなら、神により国が滅ぼされたとしても不思議はない。
歴史を振り返ればわかる事なのだが、為政者は神話であり作り話だと思っているのである。
だからといって養父が二人のために何かできるかといえばできるものではない。
権力者に、たかが一神社の宮司が逆らえるわけがないのである。

 いくら優れた武芸者でも、雨あられと矢を射られたり、四六時中、鉄砲などで狙われたらひとたまりもない。

 これは困ったことになった。
養父は天を(あお)ぎ、深いため息を吐いた。

 「養父様?」
 「なんじゃ?」
 「やはり私は神薙の巫女様に会わない方がよいのでしょうか?」
 「そうじゃな・・・。」

 養父がそう答えると、裕紀は(うつむ)いた。
養父はそれを見て、再びため息を吐く。

 「裕紀・・。」
 「はぃ・・。」
 「まぁ、とりあえず神薙の巫女様にお会いしろ。」

 その言葉を聞いて、裕紀は顔を上げた。
意外な事を言われ困惑したのだ。

 「・・・・(よろ)しいのですか?」
 「宜しいも何も、神のご意向かどうかはお前達が会ってみなければ分かるまい?」
 「それはどういう事でしょうか?」

 「もし神からのご意向ならば、会ってみれば神からの何らかの啓示がある(はず)じゃ。」
 「・・・。」
 「その啓示を受けてから考えればよい事だ。」

 「もし・・、もし神のご意向であれば?」
 「大変な事となるな・・。」
 「・・・。」
 「権力者に申し上げて、はい、それなら二人を一緒にしよう、などと言うわけがない。」
 「・・・。」
 「できれば神のご意向ではないことを祈りたい。」
 「・・・そうですよ、ね・・。」

 裕紀はそう答えると何とも言えない顔をした。
無理も無いことである。
どちらであろうとも好きな者と一緒になる望みなどないのだ、胸をかきむしられる思いであろう。

 「裕紀、神は人の(いとな)みに普通は無関心だ。
それを考えれば、神の意向でお前達を寄り添わせようなどとあり得ない。」

 養父はそういうと深いため息を吐き、また天を見上げた。
そして顔をすこし下に戻すと、酒を一気にあおる。
苦い酒だ。

 お猪口(ちょこ)に再び酒をつごうとして、その手が止まった。
目の前の息子が項垂れ(うなだれ)、肩を落とし前屈み(まえかがみ)になっていた。

 養父は裕紀のお猪口と、自分のお猪口に酒をついだ。
そして柔和な顔をつくり、裕紀に話しかけた。

 「裕紀、そう、この世の終わりのような顔をするでない。」
 「・・ですが・・。」

 続けて裕紀は声を出そうとするが、声が出ない。
だが話さなければならない。
そう自分に言い聞かせ、なんとか声にする。

 「神は私に試練(しれん)を与えるだけでなく、陽の国と陰の国に戦争を起こせというのでしょうか?」

 養父は裕紀に聞こえないように、小さくため息を吐く。

 「よいか、まだ何も分かってはおらんのだ。
今から最悪な事を考えても、それは確定した未来ではないのだ。」

 「・・・・。」

 「それにな、悪い方向にばかり事を考えていると、そうなる事もある。
魔をおびき寄せるのだ。
だから、起こっても居ない想像の未来を考えすぎるのはよくない。
神は乗り越えられないような過酷な事は与えぬ。
もし、過酷な目にあうとしたらそれは神が与えた試練に対する対処を間違えた時だ。
対処を間違えないためには自然体でいるべきだ。
目の前に起きたときに、冷静に考え行動すればよい。
だが、暢気に考えていればよいものではない。
最悪な事が予想されるならば、だ・・。」

 「?」

 「人はそれに備えねばならぬ。
じゃが、今は予想もできぬであろう?
まだ想像の範囲での最悪の事態を、己の頭の中で想像しているだけじゃ。
そうであろう?」

 「・・・はぃ、その・・通りです。」
 「なら、ぐだぐだと考えるな!」
 「はい。」
 「まぁ、飲め。」

 養父の言葉に、裕紀は顔を上げた。
だが目は伏せたままだ。
その状態で無言でお猪口を手にとり、グイと仰いだ。
養父もそれを見て、一気にお猪口をあける。

 そして再び二人のお猪口に酒を注いだのである。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み