第201話 縁(えにし)

文字数 2,459文字

 暗闇の中で神一郎(しんいちろう)は目を覚ました。

 だが(まぶた)は重く、気を抜くと閉じてしまいそうだ。
おそらく瞼を閉じたら直ぐに眠りに落ちる。
意識を保つためにも瞼に力を込めた。

 体はといえば熱があり焼けるようだ。
唇はガサガサに乾き、内側では唇同士が張り付いている。
喉はカラカラで水が欲しい。

 神一郎は体を起こそうとした。
だが、力が入らない。
起き上がることができない。

 神一郎は起き上がることを諦めた。

 自分が今どこにいるか確認するため顔を動かし周りを見ようとする。
だが首に力が入らない。
顔が動かないのだ。

 何も出来ない事に愕然とし、目を見開いた後に思わず目を閉じた。
そして考える。

 いったい自分はどうしたというのだろう。
何が自分に起きたのだろう。

 それにしても・・、ここは何処だ?

 場所を確認しようと、再び重たい(まぶた)を持ち上げた。
顔が動かないので、目だけ動かして辺りを見渡す。
だが、夜なのであろう・・明かりもなく周りが暗くてよく見えない。
それでも今自分のいる部屋は杣人(そまびと)かマタギが使用する粗末な小屋らしい事は分かった。

 このような場所に、何故自分は居る?

 神一郎は、自分に何が起きたのか思い出そうとした。
だが、意識が朦朧とし考えがまとまらない。

 そうこうするうちに熱が上がってきた。
悪寒で体がガタガタと震え、歯も噛み合わずガチガチと鳴る。

 その時・・

 「あ! 目が覚めた!」

 幼い少女の声がした。
声がした方向に顔を向けようとした。
だが、顔は動かせない。

 「よかった! 目が覚めたのね!」

 少女の声に、ここは何処だ?
そう訪ねようとした。
だが声が出ない。
出るのは ヒューヒューとした己の呼気の音だけである。

 声がでないもどかしさの中、ドタバタとした音が聞こえた。
どうやら少女がどこかに駆けて行ったようだ。
神一郎は、それを聞きながら意識を失った。

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 チュン、チュン・・チュンチュンチュン

 小鳥の声で神一郎は目を覚ました。
どうやら朝のようだ。

 「おお、目が覚めたか?」

 野太い(のぶとい)男の声が左横からし、神一郎の顔を覗き込んできた。
顔全体が髭面(ひげづら)で、顔がでかい。
神一郎は目だけで、その男を見据(みす)えた。

その男に 神一郎は見覚えがない。
よくその男を見ようと顔を動かす。
すると顔は僅かながら動いた。
どうやら顔だけは少しなら動かせるようになったようだ。
とはいえ顔を動かすだけでも億劫であった。

 熱は幾分か下がっているように感じる。
だが、まだまだ高い。
悪寒で、体がブルリと何度か震えた。

 着ている服はといえば、着替えさせられたようだ。
汗びっしょりだった服が、今は汗で湿っている程度になっていた。

 神一郎は起きようと試みる。
だが、やはり体は言うことを聞かず起き上がれない。

 声をかけてきた男は、寝ている神一郎に掛けていたものを腰まで下げた。
そして無造作に右手を寝ている神一郎の背中に潜り込ませる。

 何をする!

 神一郎は叫ぼうとしたが声が出ない。
喉が痛い。
口も渇きすぎて、唇がひっつき開かない。
水が欲しい・・・。

 神一郎は思った。
今の自分は、まるで糸の切れた操り人形のようだ、と。

 そうこうするうちに、男に支えられて神一郎は上半身を起こした。
だが、自分で上半身を起こした状態を維持できす、男が腕で上半身を支えてくれる。

 「ほれ、水だ。」

 そういって男は側においてあった急須を神一郎の口に持ってきた。
神一郎は水を飲もうとしたが、唇が干涸らびてひっついており唇が開かない。
男はそれを悟ったようだ。
一度、神一郎を寝かせる。
そして手ぬぐいを取り出し、急須からそれに水をたっぷりと含ませた。
神一郎を再び抱え直し、その手ぬぐいを神一郎の口に当てた。

 神一郎は手ぬぐいから滴る水を、僅かに開いた口から吸い込む。
やがて唇も湿り気を帯び、開くようになった。

 男は手ぬぐいを放り出し、急須を取ると神一郎の口に差し込んだ。
そしてゆっくりと水を飲ませ始める。
コクリ、コクリと緩やかに神一郎の喉仏が動く。
しばらく飲み続けた後、男は急須を口から離す。

 神一郎は息をついた。
男は神一郎に聞く。

 「水をまだ飲みたいか?」
 「い・・いや・・。」

 神一郎はまだ声がうまく出せない。
かすれる声でなんとか答えた。
今の一言を出すのがやっとの状態である。

 「腹は空いているか?」

 その問いに、神一郎はゆっくりと顔を僅かに横に振る。
声を出すより、首を僅かに振るのが今の神一郎には楽であった。

 「そうか・・、ならもう少し寝ろ。」

 そういって男は神一郎をまた寝かせ、布団がわりの筵をかけ直した。
神一郎は言われるままに目を閉じた。
するとすぐに眠気が襲い意識を失った。

 次に起きたとき、囲炉裏の炎で照らされた室内が目に飛び込んできた。
どうやら夜のようだ。
神一郎の目が覚めた事に気がつき男が声をかけてきた。

 「目が覚めたか。」

 その声に神一郎は首を少し縦に振った。

 「お恵、そこにある重湯を飲ませてやれ。」
 「あい!」

 子供の声が、その男の声に応えた。
すると辿々しい足音が、神一郎に近づいてきた。
そして神一郎の横に茶碗が乗せられたお盆が置かれる。
神一郎の頭は小さな膝枕にを乗せられ、小さな手で神一郎の頭を横に向ける。

 少女は、ふー、ふーと、匙ですくった重湯を吹いて冷まし、ゆっくりと神一郎の口元に運んだ。
神一郎は口をあけ匙を含み、ゆっくりと飲み干す。
それを何度か繰り返し、少女が持ってきた茶碗一杯分の重湯を飲み干した。

 「おじちゃん、おかわり要る?」

 神一郎はゆっくりと顔を横に振った。
すると少女は神一郎から膝枕を外し、神一郎を寝かしつけた。
そして持ってきた茶碗を片付け始める。

 神一郎は、かすれた声で二人に礼を言う。

 「た・・すけて・・くれ、か、感謝・・する。」

 「礼などいい、今はもう寝ろ。
話は体力が回復してからでいい。」

 そう男は答えた。
神一郎は素直に首を少しだけ縦にふると、また寝てしまった。

 そしてこれの繰り返しを行い神一郎は、やっと上半身を自分で起こせるようになった。
熱も微熱程度になり、普通に話せるまで回復した。
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