第273話 解脱への道 その5

文字数 2,376文字

 裕紀(ゆうき)とその養父である宮司(ぐうじ)が、陽の国に(つか)わされたのは、陰の国に親書が届いてから三週間後である。

 陽の国の関所で道中手形(どうちゅうてがた)を示すと、豪華な(かご)が関所で用意されそれに乗り都へと進んだ。
その際、陽の国の警護の者が関所から同行するという国賓(こくひん)並の対応であった。
さらに付け加えるなら、都へ向かう途中宿泊した先ではそれは豪勢な歓待を受けたのである。

 養父は上機嫌で、裕紀は歓待にどう反応したらよいか分からず狼狽(うろた)えたのは言うまでもない。

 都に入ると直ぐに二人は城へと向かう。
そして城では国主(こくしゅ)と対面をし、直に感謝の言葉を頂いたのだ。
その後、中央教会へと案内をされた。

 中央教会では最高司祭と、すでに姫御子(ひめみこ)となった元神薙の巫女(かんなぎのみこ)と裕紀は対面をする事となった。
最高司祭の応接室で4人は向かいあう。

 「よくぞお越し下さいました宮司様。」
 「最高司祭様、ご無沙汰しております。」
 「裕紀殿もよくお越し下さいました。」
 「最高司祭様、お久しぶりで御座います。」

 姫御子は最高司祭の隣で微笑んで、じっと裕紀を見つめていた。
 
 「さて宮司様、すこし休まれますか?」
 「いえ、今後の事を話し合ってしまいましょう。」
 「そうですか、では・」
 「その前に姫御子様。」
 「はい。」

 「姫御子様へのご就任、おめでとう御座います。」
 「おめでとう御座います。」

 宮司と裕紀からお祝いの言葉をもらい、姫御子は笑顔でお礼を返した。

 「儂と最高司祭様、二人で最初に話したいことがある。
すみませんがその間、裕紀の相手をして下さりませぬか、姫御子様?」

 「それはかまいませぬが・・。」

 困惑する姫御子に最高司祭がすかさず姫御子に言葉をかけた。

 「姫御子様、教会の庭園を案内してはいかがですか。」

 姫御子は自分を外し、二人で話したいという二人に戸惑った。
だが、そう言われてしまえば何も言えない。

 「では、裕紀様、参りましょう。」
 「・・・はい。」

 裕紀はちらりと養父の顔を見たが、何も言わずに姫御子の案内に従い部屋を出て行った。
二人を見送り、宮司は最高司祭と向き合うと笑みを消した。

 「では、最高司祭様、あなたのご意見をお聞きしたい。」
 「意見?」
 「はい。どのように姫御子様の解脱(げだつ)を手助けするおつもりでしょうか?」
 「・・・。」

 最高司祭は押し黙った。
やがて苦い顔をし、(おもむろ)に口を開く。

 「恥ずかしいことに、何をどうしてよいか分からぬのです。
姫御子様にも聞いてみたのですが、やはり分からぬようで・・・。
暗中模索(あんちゅうもさく)の状態です。」

 「そうですか・・。」
 「宮司殿、裕紀殿は何と?」
 「・・・それが・・。」

 宮司は最高司祭に裕紀が話した事を包み隠さず話した。
それは、姫御子が市井(しせい)女子(おなご)と同じように女性としての恋愛を経験させる事だと。

 最高司祭は考え込む。
姫御子という身分は、国が決めた相手以外と結ばれてはならないのだ。
そのため見合いなどというものもない。
身分の高い武家などの姫ともまったく異なるのだ。
つまり市井(しせい)女子(おなご)のように、異性との恋愛などあってはならない存在である。

 姫御子の一生とは、国が用意した相手と子をつくり、その子を次期巫女として育て一生を尽すのである。
霊能力を子孫に残すため国が相手を選びそれに従うのである。

 結婚相手を姫御子がどう思おうと関係ないのである。
また結婚相手も子ができるとともに、姫御子と子から遠ざけられる。
教会や政治に介入させないための措置である。

 とはいえ、姫御子も人間であるがゆえ異性に好感をもつことは避けられない。
だが好感をもったとしても、恋愛感情にならないように姫御子の素養のある者は育てられる。
さらに自分より神の意向を第一と考えるよう育てられるのである。

 その姫御子に恋を経験させるという。
それも叶わぬ恋を。

 そのため最高司祭はその話を聞いても、宮司のあまりに現実離れした話しに戸惑った。

 裕紀は一体何を言っているのであろうか?
御神託に自分の願望を入れているのではないのか?

 いや・・、あの若者はそのような者には見えぬ。
自分の欲望を姫御子に言うような者ではない。
彼も神に仕える者なのだ。

 だとしたら裕紀が言うとおりなのであろう。
ならば、神は何をさせたいのであろうか?

 叶わぬ恋に身を焦がし、好きな相手が他の誰かと寄り添うのをただ見守るように仕向ける。
そんな過酷な運命を何故?

 あの娘が何をしたというのだろう?

 解脱(げだつ)というなら、今の娘は本当に欲から離れた世界で生きている。
教会という環境で、なおかつ姫御子という存在として。
つまり煩悩とは程遠い世界で生きているのだ。
解脱とは煩悩を知らずに生きればよいのではないのか?
恋愛など煩悩を生むにすぎないというのに。
解脱とは真逆な事をなぜ姫御子に強要をするのだ?
・・・・

 まてよ・・。
まるで人を慕うこと、人への愛情から生まれる執着を断ち切れるか試されているようではないか・・。
輪廻(りんね)か・・・・。
過去にそのようなことから解脱に至らなかったとでもいうのか?
もし・・・そうなら・・・。

 だが・・・それにしてもなんでその相手が裕紀なのだ?
あの者と神とはどのような縁を持っているというのか?

 いずれにせよ宮司の言っている事、いや、裕紀が思っていることは神職として否定しがたい。
なぜか宮司の意見に反論できない自分がいる。

 どうすればいいのだ?

 分からぬ・・・・。
だが、御神託として受けたからには遂行する事は絶対だ。
裕紀のいう恋愛に儂らは黙って見守るしかあるまい。

 だとすると国主(こくしゅ)が問題となるな・・・。
緋の国が流した裕紀と姫御子の恋愛の(うそ)が、本当になるのだからな。
だが、恋愛と言っても成就(じょうじゅ)しない悲惨な結果が分かっている恋愛なのだが・・。
さて、国主はどう出る?
まぁ、何か言ってきたら、たたきのめすだけではあるが・・・。

 最高司祭は決意を固めると、短いため息をついた。
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