第222話 裕紀・密入国をする・・ その4

文字数 2,289文字

 2時間ほどして亀三(かめぞう)裕紀(ゆうき)のもとに戻ってきた。

 「亀三、どうであった?」
 「それが・・、どうも様子がおかしいのです。」
 「?」

 「陽の国に向かっていることは確かなのですけどね・・。」
 「どのように、おかしいのだ?」
 「普通、このような山の中など立ち止まらず、とっとと抜けようとします。
ですが・・。
必要以上に立ち止まった痕跡(こんせき)があるのです。
何かを警戒しているというか、何かを道々で探しているというか・・。
どうにも引っかかるのです。」

 「それは養父様に関係がありそうという事か?」
 「分かりませぬ。
ですが無いと言い切れません。」

 「そうか・・、では追跡してみるか?」
 「危険ですぞ?」
 「養父様を見つけるためだ、危険は承知だ。」
 「そうですか・・。」

 亀三はすぐに判断をせず、腕組みをして考え始めた。
そして、結局は追跡をする事にする。

 追跡を始めて暫くすると亀三は突然立ち止まった。

 「どうした? 亀三?」
 「それが・・、陽の国に向かった者以外の痕跡が・・。」
 「え?」

 「陽の国に向かわず、道を逸れて山奥に向かった者がいるようです。」
 「・・・。」

 「陽の国にまっすぐ向かった者は多勢で、比較的新しい足跡です。
山奥に向かった者の痕跡はそれより古いので、おそらく陽の国に向かった者とは別でしょう。
山奥に向かった者はおそらく、一人か二人くらいでしょうか・・。
それも痕跡を残さないようにして歩いているかのようです。」

 「痕跡を残さないように?」
 「ええ、裕紀様、あそこの辺りで痕跡を見つけられますか?」

 亀三はそういって道から逸れた山の斜面を指す。
裕紀は指された場所をじっと見つめた。
だが痕跡らしき物を裕紀は見つけられず、首を左右に振った。

 亀三は再び指さして、裕紀に話し始めた。

 「あの大きな松の根元から左に1m程の辺り、堆積している松葉がほんの僅か歪んでいます。
もしかしたら、そこで足を少しだけ滑らせたのかもしれません。
慎重に歩いていたのに、あそこで足を滑らせたのは解せませんが・・。
もしかしたら何か重い物でも運んでいたのかもしれませぬな。
その荷物の安定が崩れたか、何かに気を取られたのかはわかりませんが・・。」

 「・・・。」

 「そしてその先の木々の枝などに触れないように、慎重に歩いています。
それも極力草を踏まないよう草を避けて。
ですが、全く踏まないで歩くことなど不可能です。
所々、草が踏まれて僅かに傾いているのが分かりますか?」

 裕紀は目を細め、亀三が指を指すあたりの地面を見つめた。

 「ああ、言われてみれば確かに・・。」
 「踏まれた草は腰が強く踏まれても元に戻ってしまいます。
ですが完全になど戻ることはできません。
僅かに傾きます。
ですから、注意深く見れば分かるんです。」

 「なるほど・・、だが、亀三の助言がなければ分からないな・・。」

 「さて、裕紀様、二手に分かれた痕跡のどちらを追いますか?」
 「亀三はどっちを追うべきだと思う?」
 「裕紀様は、どちらを追いたいと?」

 裕紀は考え込んだ。

 「すまぬが少し座禅をしたい。」

 そう言うと裕紀は結跏趺坐をし半眼となった。
裕紀は無の境地になろうと、自我の意識を捨て自然を全身で感じ始める。

 (こずえ)が風に揺れ、さわさわと騒ぐ。
小鳥が1羽(さえず)っては、羽音を響かせ場所を移動している。
小川のせせらぎが遠くから聞こえ、その音が耳に心地よい・・

 そして心が(くう)になった時だ。

 『裕紀か?!』

 突然、養父の声が聞こえた。

 そう・・、この感覚は・・・。
おそらく養父は寝ている。

 人は夢を見ているとき、不思議な事が起こる。
よく夢見が悪いと悪いことがおこるとか、夢枕に人が立つなどと言われるのがそれだ。
親しい人が夢の中に現れ死ぬ直前に最後の挨拶をしに来たというのもそれにあたる。

 裕紀が禅を組みトランスファー状態となった事で、養父との間で精神干渉が起きたのだ。

 カッと目を見開いた裕紀が亀三を呼んだ。

 「亀三、宮司様はあちらの方角にいる。」

 そう指を指したのは、山奥に向かう痕跡のある方角だ。
ただ正確には多少方角がずれており、山から下る方向ではなく別の山頂に向かう方角であった。
今来た道をV字型で戻る方角という方がわかりやすいであろうか。

 「なるほど・・、どうやら付けられることを想定し道を外れながら巻いたという事ですか・・。」

 亀三はそう言うと口角を上げた。

 「裕紀様、では参りましょうか。」
 「ええ。亀三、後を付いていきますので追跡をお願いします。」
 「はい、お任せ下さい。」

 亀三と裕紀は道をそれる時、自分達の痕跡を残さないよう細心の注意を払った。
新しい痕跡を残して陽の国に行った者達が戻ってきた時に悟られないために。

 山に入り残された痕跡を辿りはじめたが、追跡は容易ではなかった。
痕跡を残した者はかなり慎重に歩いているようで、亀三でも痕跡が見つけられない場所があり周辺を捜索しては途切れた痕跡を見つける繰り返しである。

 それに一番厄介なのは、膝関節ほどの高さのクマザサが群生した場所であった。
亀三は慎重にクマザサの様子を見ながら痕跡を追った。
裕紀ではまったく痕跡がわからない。
それを亀三は時間が掛かるものの、確実に痕跡を見つけて追跡をしていく。
恐るべき能力である。

 もし亀三がマタギなら、追われる獲物はたまったものではないであろう。

 クマザサの群生地から抜けだし、やっと痕跡が見つけやすい場所に出た。
そして暫く歩いた時だ。
亀三が立ち止まった。

 「どうした亀三?」
 「まずいですね・・。」
 「?」
 「つけられています。」

 その言葉に裕紀は思わず声を上げた。
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