第242話 緋の国・白龍 その4

文字数 2,345文字

 宰相(さいしょう)白眉(はくび)の動向を知ったのはたまたまであった。

 ()の国の国境近くで、天龍である青陵(せいりょう)を白眉が退治したのを見かけた(きこり)がいたのだ。
その樵は山で作業をしていたときに、突然に鳴り響いた轟音に何事かと仰天した。
音のした方向に山を下りていくと、そこにで龍の姿を見たのである。
腰を抜かした樵は、アワアワと口を開いては閉じ龍から目が離せなかった。
やがて龍は突然に人となり、都の方向に歩き出しその場を去った。

 樵は恐ろしさに仕事を放り出し家に逃げ帰った。
そして布団に頭から突っ込み、念仏を唱えたのである。
これを見た近隣の者は何事かと不審に思い、樵から龍の話しを聞いたのだ。
当初、毒キノコを食べて幻覚を見たのだと周りの者は思った。

 そしてそのころ樵が龍を見たという場所に、役人が偶然に通りかかった。
役人は突然に山の形が変わり、あったはずの洞窟が無くなっているのに驚いた。
普通ではあり得ない事であるため、役人は上にそれを報告をしたのである。

 それからさほど時間をおかずに、樵が龍を見たという(うわさ)が流れた。
()しくも役人が報告した場所と、龍を見たという噂の場所が同じであった。
宰相の手の者がそれに気がつき、宰相に報告をしたのである。

 さらに付け加えるならば、人に化けた龍が向かった先は都への一本道であった。

 この情報を宰相はバリスに伝える事にした。
宰相はバリスに地龍の事を伝えるため、執務室から呼び出しをかけた。
暫くするとドアがノックされる。

 「入れ。」
 「失礼します。」

 「お呼びと聞き参りました。
どのようなご用件でございましょう?」

 「地龍の情報は何か掴んだのか?」

 「いえ・・、そう簡単には掴めるものではございませぬ。
そういえば、地龍の(ねぐら)の調査はどうなりましたか?」

 「調査隊さえ組まれていない状態だ。調査もなにもない。」
 「?」
 「軍務大臣が無能で、調査隊の人員を決められないでいるらしい。」
 「そうでございましたか。」

 「まぁ、地龍の塒の調査などどうでもよいことであろう?」
 「それはそうなのですが・・、もしもという事もありますし・・。」

 それを聞いて宰相は目を細める。

 「なんじゃ、塒になど居らんとお前が自信満々に話した事だぞ?
地龍の事を知り尽くしていたのではないのか?
もし地龍が塒にいるならば、お前の言葉は信用できぬ。」

 「あ! いえ、失礼しました!
おっしゃる通りでございます。
地龍は塒にはおらぬと私は確信しております。」

 宰相はじっとバリスの顔をみる。

 「まあ、よかろう。
で、お前の方の準備はどうなっておる?
地龍をおびき寄せ捕まえる(わな)の準備は整ってきたか?」

 「はい。罠は整いつつあります。
完成すれば、後は地龍をおびき寄せるだけです。」
 「そうか。」

 「ところで、その罠の一環として宰相様にお願いした件ですが・・。」
 「ああ・・、あれか・・。」
 「お願いしてある剣豪はどのような状況でしょうか?」

 「難航しておる。
腕の立つ者は、皇帝陛下直属の部下か近衛兵になっておるのだ。
かといって儂の身辺警護の者を、お前に預けるわけにもいかぬ。
ところで、本当に最低でも5人も必要なのか?
人間に化けていれば、さほど強くないとお前は言っていたではないか?」

 「確かに私は人間に化けていれば、力は極端に弱まると言いました。
ましてや地龍は結界に長く閉じ込められ弱っておりますので。
それでも剣豪にして二人か三人くらいの強さはあるはずです。」

 「なら三人でもよかろう?」

 「相手は人外の地龍なのですよ?
用心にこした事はありませぬ。
地龍を取り逃がしてもよければ、5人もおらずとも宜しゅうございますが?」

 「う・・ぬ、分かった、最低5人は揃えるようにしよう。」
 「御意。」

 「それとお前に知らせておくことがある。」
 「なんでございましょうか?」
 「地龍は今、お前の予想通り人に化けてこの緋の国に入りんでおる。
そしてこの城下に向かっておるようじゃ。」
 「え!・・・。」

 「信頼できる情報だ。
慎重に行動をせよ。
分かっておろうが、龍の捕獲に失敗は許されぬ。」

 「御意。」
 「分かっておるならよい。お前から報告したいことは何かあるか?」
 「いえ・・、特にはありませぬ。」
 「なら下がってよい。」
 「御意。」

 バリスが部屋から出て行くと、宰相は深いため息をついた。

 「皇帝に進言した手前、なんとしても地龍を捕らえねばならぬ。
彼奴(あやつ)、ほんとうに龍を捕らえる事ができるのであろうな?
人外の生き物の龍を、まるで赤子の手をひねるようかのように捕まえると言いよるが・・。」

 宰相は腕を組み、天井を見上げる。

 「それにしても龍の使役(しえき)か・・・。
龍さえ使えこなせれば、天下など簡単に取れる。
皇帝もお喜びになるであろう。
さすれば儂は皇帝に褒美(ほうび)として何を望もうか・・。」

 そう言って、宰相はニヤリとした。

 「いっそのこと皇帝の座でも望むか?
現皇帝を退位させてな。
ふはははははは、愉快愉快・・・。」

 宰相はそう言って笑った。
だが、すぐに笑いは()んだ。

 「だが、あの皇帝だ。そうは甘くはない。
しばらくは皇帝の意のままに動く事に専念しようぞ。」

 そう行って宰相は天井を睨み付けた。

 「もし龍の捕獲に失敗したら、すべての責任をバリスに負わせればよいだろう。」

 宰相はそう言うと口を閉じた。
そして苦笑をする。

 「ふふふふふ、彼奴に罪をきせても皇帝陛下は儂を許すとは思えぬな。
皇帝陛下はそんなに甘くはあるまい。
ならどうする?
・・・。
その時は儂が皇帝になればよいだけだ。」

 そう呟いた時だ。
背筋に悪寒が走った。

 なんだ!!

 宰相は青くなり、部屋の中を見渡した。
だが、部屋には誰もおらず変わった様子はない。

 「気のせいか・・・。」

 宰相は気を落ち着かせるために、深く深呼吸をした。
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