第253話 姫御子へ その2

文字数 2,548文字

 神薙(かんなぎ)巫女(みこ)が神父の執務(しつむ)室に行くと、最高司祭と神父が談笑をしていた。

 あまりにも楽しそうに話しているので、神薙の巫女は首を傾げた。
養父が神父様とそんな間柄(あいだがら)だとは思ってもいなかったのだ。
ボンヤリと入り口に立ち、二人を見つめている神薙の巫女に神父は声をかける。

 「神薙の巫女様、そんな所に立っていないでお座り下さい。」
 「はい。」

 神薙の巫女は神父の言葉に従い、神父の隣に座る。
正面に座っている養父である最高司祭の顔を見て、思わず微笑んだ。

 「最高司祭様、お久しぶりでございます。」

 そういって神薙の巫女は深々と頭を下げた。

 「何を他人行儀にしておる。
ここはこの神父もどきのオッサンと、(わし)しかおらぬのだ。
(かしこ)まることはあるまい?」

 これに神父が()みついた。

 「神父もどき、とは何ですか!
最高司祭もどきに言われたくはないですね。」

 「な、何だと!
最高司祭もどきだとぉ! なんて言いぐさだ。」

 「品位も何もない野暮天(やぼてん)がよく言いますな。
草薙(くさなぎ)先輩。
道場時代、師範代が頭をかかえていた問題児のアンタが最高司祭になるなぞとは。
この国も末というもの。」

 「な! おまえ!
そういうお前はどうなんだ!
回りから期待されて中央神殿に入り、神殿でも一目置かれていたというのにだ!
勝手に地方の教会に自ら進んでいくたぁ、いったいどういう了見(りょうけん)だ!
それも儂に一言もことわりもせずにだ!
ああん?! あれほど道場では世話を焼いてやったというのにだ!」

 「ふん、あんた一人が中央神殿にいれば十分だ。
儂がいる必要などあるのか?
それよりも地方だ。
今の神殿はおかしい。
優秀な人材がすべて中央神殿に行く。
地方の神父になどなるものは、ろくな者がおらん。
大概が左遷(させん)された問題のある神父か、能力のない者達だ。
まあ、まったく有能な者がいないとはいわんがな・・。
布施(ふせ)を強要し、教会に行かない者は神への信仰がないと誹謗中傷(ひぼうちゅうしょう)する。
それも金持ちであろうが、なかろうが、だ。
それにより村にいられなくなり、村から追い出された者さえいるんだ。
だから儂はお前の手足となり地方の状況を伝え、変えようとしておるではないか!」

 「ああ、そうだ。
そういう意味ではお前はすごい。」

 「そうであろう?」
 「だが、儂への態度と、何も言わずに中央からいなくなったのは許せん!」
 「もし言ったら、止められたであろうが!」
 「当たり前であろう!」

 「あ、あのう~・・・。」

 神薙の巫女が二人の間に申し訳なさそうに声をかけた。

 「なんだ?」
 「養父様、神父さまと仲がよろしかったのですね?」
 「良くなんかない!」
 「そうです! 神薙の巫女様!」

 「ほら、息もぴったし。
仲がよろしいではないですか?」

 「・・・・。」

 最高司祭、神父ともポカンとして押し黙った。
そして二人は顔を見合わせる。

 やがてどちらからともなく笑い始めた。

 「ふふふふふふふ・・。」
 「わははははははは!」

 神薙の巫女は、そのような二人を見て微笑んだ。

 「ところで養父様、神父様とはどのようなお付き合いだったのでしょうか?」
 「ああ、此奴(こいつ)か?」
 「失礼ですよ、養父様。此奴かとは。」
 「あはははは、よろしいんですよ、神薙の巫女様。」
 「でも・・。」

 「最高司祭様は、私が通っていた道場の先輩なのです。」
 「え? 道場?!」
 「おや? 知らなかったのですか?」
 「え、ええ・・、養父様は武芸者だったのですか?」

 「武芸者? あ、まぁ、なんだ、目指したことがあった、かな?」

 「草薙殿、なにが目指したことがあったか、ですか。
親に反抗して、武芸者として身を立てると豪語して道場に来ていた方が。」

 「ば、バカ! ばらすな!!」

 「よ、養父様が武芸者で身をたてようとしたのですか?」

 「ええ、そうですよ。
実際に最高司祭様は結構な腕前だったんです。
なろうと思えば、武芸者として身を立てられたかもしれませんね。
ですが中央神殿の最高司祭様だった父君に結局は逆らえず神官になったのです。
ね、草薙殿?」

 「お前なぁ・・、娘に全部ばらさなくてもよかろう・・。」
 「娘の前では厳粛(げんしゅく)でいい父親に振る舞っていても、メッキは簡単に()がれますよ?」
 「いや、今までは剥げていなかった。
な、神薙の巫女よ。」

 「え? あ?・・、はぃ・・。」

 「草薙殿、娘御(むすめご)が何と答えてよいか困っておりますぞ?」

 そう言って神父は笑いこけた。
最高司祭はそれを見て渋い顔をする。

 神薙の巫女は困惑をしながら、このままでは話しが進まないと考え話しを元に戻そうとした。

 「ところで最高司祭様、今日はどのような御用事でこちらに?」
 「ああ、そうであった、お前を迎えに来た?」
 「え?」
 「今日、お前を連れて帰るぞ。」

 「え、で、でも・・・。」

 「お前の冤罪(えんざい)が晴れたのだ。
お前を(おとしい)れた小泉神官は大罪人として処分された。
そしてお前を裁いた奴もな。
殿も今回の件で責任をとって隠居した。」

 「「え?!」」

 「何を二人で驚いておるのだ?」

 神薙の巫女が前のめりになり、最高司祭に問いただす。

 「だ、だって殿が隠居などと!
たかが姫御子(ひめみこ)だったものを、巫女に落としたくらいで!」

 「何を言う!! 儂の娘に言いがかりをつけたのだ。
それくらいですんだのだ、感謝して欲しいものだ。」

 「よ、養父様・・・。」
 「最高司祭様・・・。」

 二人のあきれ顔に、最高司祭は怪訝な顔をした。

 「ゴホン!」

 神父は咳をして、話題を変える。
このまま最高司祭に殿の話しをさせ、廊下を通りかかった者でもいて聞かれたならまずいと思ったのだ。
へたをすると不敬罪で、たいへんな事になりかねない。

 「く、草薙殿、肝心な話しが抜けておりませんか?」
 「ん?」
 「神薙の巫女様の今後のことです。」

 「ああ、そうであった。
まあ、お前の冤罪が晴れたことで中央神殿に戻ってから、姫御子就任の義を行う。」

 「え? よろしいのですか?」

 「なにが、よろしいのですか、だ!
そもそも姫御子であったお前が、濡れ衣(ぬれぎぬ)で神薙の巫女に降格されたのだ。
姫御子に戻るのは当たり前ではないか!」

 「・・・・。」

 「ん? どうした?」

 浮かない顔をした神薙の巫女を見て、最高司祭は首を傾げる。

 「最高司祭様、姫御子に戻らぬといけませぬか?」

 その言葉に最高司祭は唖然(あぜん)とした。
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