第84話 最高司祭の苦悩 2

文字数 3,117文字

 最高司祭の吟味(ぎんみ)は朝から行われた。

 吟味役の吉左衛門(きちざえもん)とその補佐役、そして書き留め役の3名が取り調べの部屋にいた。

 吉左衛門が最高司祭に尋問(じんもん)を始める。

 「姫御子様が

便宜(べんぎ)をはかった事を認めましたぞ。」
 「ほう・・、吟味役殿、私を誘導する意味をお分かりか?」
 「!」

 「嘘で誘導したとなると、そこもともそれなりの・」
 「し、失礼した。
 言い方が悪かったようだ。」

 「ふむ、言い方ですか?」
 「し、失礼を()びよう。」

 「まあ、よいでしょう。
 で、今日は小泉(こいずみ)神官は?」

 「こ、小泉神官ですかな?」
 「姫御子様の取り調べで居たはずですが?」
 「・・・。」

 「中立である吟味役が、神官を立ち会わせた。
 そして神官に吟味をさせたとなると・・。」

 「待たれい!
 取り調べ方法は吟味方に任されておる!
 最高司祭様に指図(さしず)される()われはない。」

 「ほう? 姫御子様の取り調べを小泉神官がしてもよいと?」
 「・・・。」
 「もし、そうお思いならば官位が分からないということかな?」

 吟味役は顔を青くする。
しかし、すぐに対抗した。

 「吟味方は神殿に(うと)い。
 そのため中立たる小泉神官に立ち会ってもらったのだ。」

 「ほう・・、で、どうやって中立だと。」
 「儂の部下が調べた結果だ。」
 「その部下の調べを信じると?」

 「な! 儂の部下を愚弄(ぐろう)するか?」
 「いかにも。」
 「何じゃと!」
 「無能な部下により、情報に嘘がまじってもよいのかな?」
 「最高司祭! いい加減・」

 そのタイミングで最高司祭は(ふところ)から一冊の調書を出した。
これは多忙の中、なんとか調べ上げた調査書だ。
それを吟味役の顔の前に突きつける。

 「な、何をするか!」
 「これを見ても有能な部下と言えますかな?」

 その言葉に吟味役は言葉を飲み込んだ。
だまって調書を受け取り、目を通す。
読み進めるに従い、調書を持つ手が震え力が入る。
眉間には皺がより、真っ赤になる。

 「こ、これは誠か!」
 「吟味役殿、貴方の目は節穴(ふしあな)以下のようですな。」

 その言葉に真っ赤な顔が鬼の形相(ぎょうそう)になる。
だが、目を(つむ)った。
押し黙ること5分くらいであろうか・・。
だんだんと顔の赤みが失せ、冷静になったようだ。

 「この件、別途調査することを約束しよう。
 だが、姫御子様は陰の国の祐紀殿に好意を寄せていたことを認めた。」

 「ほう・・。」
 「だが、好意であって恋愛感情ではないとも。
 陰の国に肩入れもしていないとも。」
 「そうでしょうな・・。」

 「最高司祭様、姫御子様は無罪放免にできませぬ。」
 「何故?」
 「好意をよせたと認めたからです。」

 「男女の好意ではないと否定しても?」
 「女性は情に(もろ)い、一途(いちず)な面がある。」
 「それは否定したのでは?」
 「言葉ではなんとも言える。」

 「姫御子が好意を持ったという言葉は信じた。
 しかし男女のそれではないという言葉は信じないと。」
 
 「うっ!・・。
 ともかく、姫御子様は白ではない、灰色です。」

 その言葉に最高司祭は黙って吟味役を見る。

 「儂は既に国主(こくしゅ)に姫御子様の官位剥奪(はくだつ)を進言した。
 おそらく官位は剥奪され、巫女として都を追われ幽閉されます。」

 「吟味役殿、それが貴方の結論ですか?」
 「はい。」
 「その結果、今後、貴方様の汚点とならぬ事を祈りましょう。」
 「・・・。」

 「さて、私への吟味は?」
 「・・・。」
 「どうされました?
 小泉神官の助言があったのでしょう?」

 吟味役は、その言葉に最高司祭を睨み付けた。
だが、最高司祭はまったく表情を変えず柔和の笑みを浮かべたままだ。

 「どうぞ、尋問(じんもん)をして下さい。」
 「では、姫御子様の御神託を、何故

祐紀(ゆうき)様が知っている?」
 「それは姫御子様から聞いたのでは?」
 「私は貴方様から聞きたいのですが?」

 「ふむ、よいでしょう。
 姫御子様から個人におりた御神託だと聞いています。
 そして、国には関係ない御神託であり困っていたと。
 そのため、祐紀様に助言を求めたと聞いておりますが?
 何か問題でも?」

 「・・いや、ござらん。」
 「他には?」

 「陰の国との関わりです。
 姫御子様に陰の国を助けて欲しいという書状がきております。」

 「姫御子様の御神託を助けるかわりに、という説明が抜けておりますが?」
 「うっ!・・。」

 「吟味役殿、誘導尋問されるのは勝手だ。
 儂を試すつもりならば・」

 「あ! い、いや、そのつもりは無い・・。
 し、失礼した。
 説明が抜けただけだ。」

 「ほう・・。」

 「ともかく陰の国から呼ばれるなど異常ではないか?」
 「陰の国の一大事だからではないのですかな?」
 「・・・。」

 「逆の立場なら、陽の国が陰の国に助けをもとめませんか?
 姫御子が祐紀殿と懇意にしているから求めたと言いたいのかな?
 では、懇意にしていないと求めるとでも?」
 「・・・。」

 吟味役は何も言えなかった。
だが、最後に一矢報いたいと後ろを向き部下に目配せをする。
部下は驚いた。
本来、使う気のない証拠を要求したと察したからだ。

 部下は慌てて横に置いてあった書類の束から探す。
そして、見つけた書類を吟味役に渡した。
小泉神官が吟味役に渡した改竄の疑いがある書類だ。

 「このような帳簿を見つけたのだが?」
 「拝見する。」

 最高司祭は紙縒り(こより)(はさ)まれた(ぺーじ)を開く。
軽く見たあと、前後の数頁に目を通した。

 「で、これが何か?」
 「不正な金額が記載されておる。」
 「確かに。」

 「では、認め・」
 「ははははははははは!」
 「な、何が可笑しい。」

 「本当にこれを証拠として、私が罪になると?」
 「な!」

 「いやいやいや、吟味役ともあろうお方が。
 いいですよ、しかし私は罪を認めません。
 好きに裁定してもらって結構です。
 ただし、勘定方(かんじょうがた)には見せるのでしょうな?」

 「うぐっ!」

 「恥じをかくのは貴方様ですよ?」
 「・・・・。」

 しばし吉左衛門と最高司祭は目を合わせ睨み合った。
いや、最高司祭は笑みを浮かべている

 やがて吉左衛門は、これにて吟味を終えると告げた。
あまりにあっけなく吉左衛門は引き下がった。

 吟味を終え部屋を退出した最高司祭であるが・・。
顔は怒りを(あら)わにしていた。
だが、誰もその顔を見た者はいない。

 吟味役は一人部屋に残り、両手を固く握りしめた。
血が(にじ)みでる。

 やがて肩の力を抜いた。
そして、ボソリと呟く。

 「儂は、小泉神官にまんまと()められたのか・・。
 そして最高司祭を敵に回してしまった。
 あれほど怖ろしい者を・・。」

 吟味役は今まで最高司祭を個人的に知らなかった。
それが今回の吟味を通し、初めて知ったのだ。
そして吟味役の役職で居られなくなる予感がしてならなかった。

こうして最高司祭の嫌疑は晴れ、お構いなしとなった。
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