第191話 養父・神薙の巫女へお暇を願い出る
文字数 2,011文字
助左は神父の執務室を訪れその旨を伝える。
神父はすぐに神薙の巫女を部屋に呼び、今、この部屋には神父、助左、神薙の巫女の三人がいた。
助左は改めて神父と神薙の巫女に教会を去ることを告げる。
だが・・
「お願いです、助左、もう少し、もう少しでいいんです、ここに居て下さいませんか?」
「神薙の巫女様、私がここにいる理由はもうないのですよ。」
「そ、それは・・分かっているのです、でも・。」
「緋の国が貴方様を拉致するための組織は壊滅しました。
緋の国が再び狙おうとしても体勢はそう直ぐには整えられないでしょう。
この地に根付いた草(※1)無しには、そう簡単に拉致などできませぬゆえ。
今回の
市兵衛のような優秀な草とその部下の人材などそうおりますまい。
草がその国に定着するには最低でも10年はかかるといわれております。
緋の国は貴方様の拉致は諦めるしかないでしょう。」
「・・・・。」
「それから小泉神官の罪状が明らかになるのももう直ぐでしょう。
さすれば最高司祭様が小泉神官とそれに組みした者どもの粛正を行うかと。
貴方様が中央教会に戻るのも時間の問題ですし、中央教会での居心地もよくなっていますよ。」
「いえ、私は・・中央教会というか
「なぜです?」
「国の為政者から亡命の恐れがあると見なされておりますゆえ、ここでの幽閉が続くかと。」
「国の
それも緋の国の意向にそった口車に。
さらには口車に乗った者の意見を聞き入れた上の者は、為政者としての能力を疑われるでしょう。
最悪の場合は国を売った罪に問われるでしょうな。
そうなれば失脚どころか死罪という事になるやもしれませぬ。
しかし、おそらくは最高司祭様がそれを穏便にすませ恩を売ることでしょう。
貴方様の亡命などという
「そうなのですか・・でも・・。」
「でも?」
「・・・。」
「どうしましたか?」
神父はそれを察したようだ・・。
「ああ、そうだ、用事を思いだした。私はちょっと席を外しますね。」
神父はそう言うと、静かに部屋を出て行った。
神薙の巫女は神父が出て行き、閉まったドアに深くお辞儀をした。
そして助左に向き直る。
「あの・・、私への嫌疑は・・その・・・。」
「?」
神薙の巫女は
助左は静かに神薙の巫女が口を開くのを待った。
やがて、小さな声で神薙の巫女は話し始めた。
「私が・・、その・・、
「祐紀? 我が愚息ですか、それが何か?」
「あの、その・・、私がお慕いしており亡命をしようとしているいう嫌疑があります。」
「・・・。」
「ですから亡命の疑惑は消えぬかと・・。」
それを聞いて助左は溜息を吐いた。
そして・・。
「神薙の巫女様、他者の前で愚息を慕っていると認めたり、誰かに話しましたか?」
「え!!」
「え、ではなくて・・話しましたか?」
「は、話すわけが無いじゃないですか! そ、そのような事を!」
「でしょうね。」
「ですが、そう小泉神官が国の為政者に申し上げ・」
「はははははははは!」
「な、何が可笑しいのですか!」
「だって、小泉神官の言った事でしょう?」
「え? あ、はい・・・。」
「緋の国に
それを真に受けていた者は、今となっては二度とそのような事をいいませんよ。
おそらく最高司祭様がそのような噂をしたり、それを問う者は潰します。
おそらく緋の国の間者と見なすように仕向けるでしょうね。
貴方の養父様は怒ると怖い方ですよ?
だからその事については安心していいですよ。」
「そうなのでしょうか?・・。」
「ええ、何も問題ありません。」
助左にそう言われ、神薙の巫女は複雑な顔をする。
助左はその顔を見て、再び溜息を吐いた。
「神薙の巫女様・・。」
「・・・はぃ・・。」
「人を好きになるということは素晴らし事です。」
「!」
神薙の巫女は目を見開いた。
「人は身分、境遇など関係なく人を好きになるのです。
そして好きになる人の身分、境遇など関係なく好きになるものです。
たとえそれが適わぬ恋いと分かっていてもです。」
「・・・適わない・・。」
神薙の巫女は、小さな声でそう呟いた。
助左は話を続ける。
「人が人を好きになる。
これは決して悪いことではない。
人生をバラ色にします。
ですが、必ずしもバラ色になるとは限りません。
「悶え苦しむ・・。」
神薙の巫女は、ポツリとそう呟いた。
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※1) 草
他国に素性を隠し市井の人として住み着きながら間者を行う者。