第250話 緋の国・白龍 その12

文字数 2,347文字

 白眉(はくび)は廊下のどん詰まりに辿(たど)りついた。
つまり、ここがバリスの寝所ということになる。

 白眉は閉められた(ふすま)の向こう側に人の気配を感じていた。

 「ふむ・・、三人か。
先程の(わし)が人を関知できないようにする仕掛けはしておらんか。
あれで駄目なら隠す必要もないという事か・・。
ふふふふふ、面白い。
だが、殺気丸出しとは、まるで自分達の存在を誇示(こじ)しているかのようだ。
まあ、そのうち二人は多少は殺気を隠しているようだが・・。
どれどれ、それではご対面と行こうか・・。」

 白眉はゆっくりと襖を開いた。

 それと同時に奇声が上がる。

 「キェィ!!]

一人の武家姿の男が刀を切りつけてきた。
太刀筋が鋭い。

 白眉は軽く身を(かわ)す。

 身を躱しながら、白眉は刃に毒草の臭いがしないことを確かめた。
どうやら毒草は先程の仕掛けと、槍で最後のようだ。

 ホッとしたときに、天上から二人が襲いかかってきた。
どうやら天上に張り付いていたようだ。

 白眉は両手をかざし、この二人の短刀を防いだ。

 ガキッ!

 鈍い音とともに、二人の短刀が(はじ)かれる。

 「なっ! 弾いただと!」

 襲ってきたクロードと、テンスは目を見開く。
素手で短刀を防ぐなどあり得ない。

 二人はすぐさま、白眉から間合い(まあい)をとった。
その時、二人は白眉の腕を一瞬垣間(かいま)見た。

 そこには銀色に鈍く光る(うろこ)が見えた。
腕全体にあるのではなく、先程短刀がぶつかった場所に。

 「鱗だと!」

 そうクロードが叫んだ。

 「別に驚くことはあるまい。儂は地龍だからな。」
 「うぐっ!・・・・。」
 「刀や槍が儂に利かない事が分かったであろう?」
 「・・・・。」
 「降参したらどうだ?」

 その時、いつの間にか後ろに回り込んでいた武士が袈裟懸け(けさがけ)に切り込んできた。
白眉は軽く左回りに半回転し、刀をやり過ごす。
刀は空をきり、畳に切り込む寸前で止まる。
なかなかの腕前だ。

 だが、白眉は回転した勢いで掌底打ち(しょうていうち)鳩尾(みぞおち)に決めた。

 「ぐっ!」

 くぐもった声を出し、その場に倒れ込む。

 「もう一度言う。降参したらどうだ。」

 だが、二人は無言で白眉に襲いかかってきた。
白眉は両手で短刀をはじき飛ばし、それと同時に二人の首筋に手刀を入れる。
二人とも無言で前のめりに倒れ込んだ。

 「やれやれ、忠義を通すとはなかなかの者達だな、なぁ、バリスよ。」

 白眉の問いかけに、部屋の奥で机に座り茶を優雅に飲んでいたバリスが答える。

 「ふん、当然のことだ。儂は当主ぞ。」

 「そうか、まぁ人も聖獣も主に尽くすのは同じということか。」
 「聖獣もそうだとはな。笑えるな。」
 「何か可笑しいか?」
 「ああ、傑作だ。神の使いと敬われているお前らが、神の前でヘイコラしているのだからな。」

 その言葉に白眉が目を細めた。

 「お前は仮にも地上での眷属の末裔であろう?」
 「だから何だ?」
 「聖獣は神からの使いだ、お前が貶すような事をいうものではない。」

 「ふん、眷属の末裔だからなんだというのだ?
儂は人間ぞ。
霞を食っていきているのではない。
金がなければ飢え死にだ。
権力がなければ虐げられる。
神になど従っても何も得られぬは。
バカバカしい。」

 「!」

 「何を怒って居る?
お前とて今は聖獣ではあるまい?
どうだ、儂と手を組んでこの世を謳歌せぬか?」

 「呆れた奴だ。お前の能力は己の欲望のみに使うのか?」
 「儂の能力だ、どう使おうがお前なぞに関係はない。」
 「呆れた奴だ・・・。」

 「ふん、そんな事よりどうだ、お前の髭をよこせ。
さすれば金子でも、霊山の一つでもくれてやるぞ?
女子が欲しければ、好きなだけ与えてやる。」

 「そうか・・・。」
 「その気になったか?」
 「いや、やはりお前はここで始末しておこう。」
 「ほう、できるかな、そのような事。」
 「ああ、できる。」
 「・・・・。」
 「お前の刀さえ、気をつければよいだけだ。」

 白眉の言葉にバリスは顔を青くした。

 「ふん、図星か。」
 「なぜ、それを!」
 「答えるとでも思っているのか?」
 「・・・。」

 そういって白眉はバリスに一歩づつ近づいていく。
そして白眉の数歩手前にきたときだ。

 チクリ

 足裏に何か刺さった。

 「な!!」

 「はははははは、バカが引っかかり追った。」

 白眉は体が痺れ始め倒れた。
倒れて畳が目に入る。

 そこには無数の小さな小さな針状のものが一畳の畳からほんの僅か、除いていた。

 「う、ぬ・・、こ、これは!」

 「ははははは油断したな。
この部屋は香が焚いてある。
この香はな、神命霧草の臭いと交わると不思議な現象がおきる。」

 「ま、まさか・・、神命霧草の臭いが・・消える・・。」

 「そうだ、よく気がついたな。
まぁ、気がつくのが遅かったようだがのう。
さて、さて効き目はどうかのう、そろそろ呼吸ができないのではないか?」

 白眉は全身が痺れ、呼吸もしにくく口をパクパクさせる。

 「心配することはない、お前は儂の役に立って死ねるのだ。
光栄な事であろう?
なにせ眷属の末裔であるこの儂に、お前は喜んでお前の髭を下賜するのだ。
儂もそれは光栄な事として受け取っておいてやろう。
ふははははははははは!」

 バリスは高笑いをする。

 白眉は苦しいのか、袖をバタバタさせる。
そしてその袖を口にくわえる。

 「ふふふふ、苦しいか、そうか、そうか。
愉快、愉快。
聖獣ともあろう人知を超えたものが、儂の足下でもがくとはのう。
どうじゃ、今まで平伏して仕えていたものに見下ろされる気分は。」

 バリスは立ち上がり、白眉の元に来てしゃがみ込む。
そして白眉の顔を覗き込んで、卑しい笑い顔を見せる。

 「おい、おい、苦しいからと言って袖を口に入れてどうする?
まるで赤子のようだぞ、聖獣とは思えんな。
がはははははは!」

 バリスが高笑いした時であった。

 ボトリ・・・

 いやな音がした。
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