第127話 姫御子の裁定後・それぞれの思い・・・

文字数 2,297文字

 帝釈天(たいしゃくてん)祐紀(ゆうき)として生活している世界に戻ってきた。

 「おかしい・・、なぜ帝釈天としての記憶を消さない?」

 そう呟いて(つぶやいて)首を傾げた。
いつもなら神界から戻ると同時に、奪衣婆(だつえば)が記憶を消している。
それが何故か今回は行われていないのだ。

 不思議に思いながらも、これからどうしようかと考える。
この世界では、まずは姫御子(ひめみこ)冤罪(えんざい)を晴らすのが重要だ。
だが、帝釈天が人間界へ直接関与をすることなどできない。
帝釈天の記憶が消され祐紀という一人の人間に戻ってから動くしかないのだ。
そうなると・・・
姫巫女以外で、この世界でやることなど帝釈天には無い。
ではどうする?
腕を組んで帝釈天は考え始めた。

 そして・・・
ポン、と、手を打った。

 「そうであった!」

 帝釈天はそう呟くと、その場から姿を消した。

----------------------

 ()()()神薙(かんなぎ)巫女(みこ)(姫御子)は、教会の務めを果たしていた。
身を清め、神に祈りを捧げ御神託(ごしんたく)に耳を傾ける。
祈りに来る村人に神の教えを説き、只管(ひたすら)に祈る。
そして時間が空くと、解脱(げだつ)について考え始める。

 解脱とは自我(じが)から解放され、自分の根源を追及することである。
それにより心理を悟り無我の境地に達する。

 人はなぜ解脱できないか・・。
それは欲があるからだ。
生きると言うことは、最低限の衣食住(いしょくじゅう)を満たすことである。
だが、人はそれだけでは満足できないのだ。

 他人よりはより良く有りたいという思うからだ。
つまり、優越感、権力欲などに突き動かされるのである。

 では、これらの欲やエゴは何故起きるのだろう?
これらは、自我から発生する自己価値であり他人との比較から発生する。

 人は生まれた時から平等ではない。
生まれた家庭と家庭の中でのヒエラルキーの中で育つからだ。
つまり生まれた時から、すでに同じ生を受けた他の人と既に違うのだ。
そのため他人と同等以上の生活がしたいと願うのである。

 では、解脱をするにはどうすればよいか?
まず環境を整えねばならない。
解脱に辿り着くかどうかは、環境や人との繋がりに影響される。
だから仏教では(かい)というものがある。

 戒とは、解脱のための修行者が集まる中で、気の緩み、誘惑などで道を外さないためのイマシメ()である。

 では姫御子は戒を守っていたのだろうか?
今まで、国のため、衆生(しゅじょう)のために自我を捨て御神託に専念をしていた。
そして身分が落とされた今も、やっていることに変わりはない。
これは幼い頃から父である最高司祭から教えられ守っていたことだ。
即ち、戒といえるものを幼少の頃から実行していたといえるだろう。

 では、何が自分に足りないか・・・

 神薙(かんなぎ)の巫女は考える。
アドバイスが欲しい・・・
祐紀様と解脱について話しをしたい。
だが、叶わぬ願いだ。

 おそらく国主から陽の国への祐紀の入国は拒否されただろう。

 そういえば私のせいで祐紀様に迷惑がかかっていないだろうか?
そう思う神薙の巫女である。

 そして最高司祭についても思いをはせる。
父である最高司祭はどうしているだろう?
父は隙が無い人だから大丈夫であろう。
そして、おそらく私のために動いてくれていると思う。
そう思うと嬉しいのだが、心配になる。
私のために動いて、小泉神官の罠に嵌まってほしくない。
父のことだから、万が一にも嵌まることはないとは思うのだが・・。

 神薙の巫女は溜息を一つ吐く。
タラレバなど考えても仕方ない。
私には私にできることをするしかないのだ・・。
自分にそう言い聞かせた。

-------------------------------------

 最高司祭の吟味方の取り調べが終わり数日後のことだ。
最高司祭の所に、情報部の者が報告に来た。

 それによると吟味方の数人が汚職により断罪されたという。
どうやら吟味役・遠埜(とおの)による指示らしい。

 「ふん、ちゃんと筋は通すか・・・。
凡庸(ぼんよう)ではあるが、役職なりのことはするようだ。
だが、小泉神官に対しては未だに動かんようだな。
慎重なのか、有耶無耶(うやむや)にするつもりか見極める必要があるか・・。」

 そう呟いて報告に来た部下に、再び吟味役の監視をいいつける。
部下は部屋を出ていった。

 一人になった最高司祭はポツリと呟く。

 「さて、遠埜に任せていては緋の国に娘が連れ去られるだろう・・。
どうしたものか・・。
護衛をつけるとしても儂の部下では頼りにならん。
国主や重役に言ったところで無駄であろうしのう・・。
どうしたものか・・・。」

 最高司祭は腕を組み天井を睨んだ。

----

 陰の国で寺社奉行(じしゃぶぎょう)佐伯(さえき)は悶々としていた。
祐紀が忽然と消えたことを、祐紀の養父である宮司に連絡したが返事が来ないからだ。

 「彼奴(あやつ)め、なぜ返事をよこさん・・。
奴の事だ、放任主義で祐紀のことはほっとけということか?
それならそれで返事くらいよこさんか!
仮にも(わし)は寺社奉行であるぞ!
まったく奴は昔からそうだ。」

 そう佐伯は怒りながらも思う。
祐紀は不思議な子だと。
頭は切れる。
洞察力もある。
そして養父は武道を教えていないと言うが、身のこなしは武芸者のようだ。
(かえる)の子は蛙とうことか・・。
血は繋がっていないのに不思議なことだと思う。

 「まあ、彼奴が何か返事を寄越すまで祐紀のことは放っておくか・・。」

 そう言って溜息をつくのであった。

=================
注意)
仏教的な事を書いておりますが、私自身は詳しくありません。
そして私の空想したことを交えて書いております。
そのため仏教の教えと異なる箇所があります。
もしかしたら、仏教関係の方には不快と捕らえられるかもしれません。
できれば、あくまで小説のことだからと読んでいただけたらと思います。
よろしく願います。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み