第44話 町奉行・祐紀を褒める

文字数 1,742文字

 佐伯(さえき)と町奉行は料亭の離れに入ると、腰を落ち着けた。

 「で、佐伯、何の用だ?」
 「うむ、それなんだが、先ほど隣の部屋にいた()の国の間者の件とからむ。」
 「ほう・・。」
 「お主、祐紀(ゆうき)を知って居るか?」
 「ふん、神官の祐紀であろう? 知らんわけがなかろう。」
 「まあ、そうだろうな。」
 「で、祐紀がどうした。」
 「先ほど緋の国の間者だと分かったのは、彼奴(あやつ)の報告のおかげだ。」
 「何!まことか!」
 「ああ、(まこと)もなにも、嘘を言って何になる。」
 「・・・。」
 「さらにだ、青木村の庄屋も緋の国の間者だ。」
 「な!」
 「これも祐紀が調べた。」
 「・・・あきれて物も言えん・・、我が配下は何をしているんだ!」

 その言葉を聞き、佐伯は口角をあげる。
その顔を見た町奉行は嫌な顔をした。

 「お主・・、町奉行所のふがいなさを楽しんでいるな?」
 「分かるか?」
 「お前!!」
 「まあ、そう怒るな、(わし)も気がつかなんだ。」
 「お前の所でもか?・・。」
 「ああ、放ってある間者共でも気がついておらん。」
 「・・・。」

 「それと()の国の噂を聞いているか?」
 「くだらん噂などどうでもよいわ!」
 「ほう?」
 「な、なんじゃ? その言いようは・・?」

 佐伯は原に祐紀が聞いてきた噂、それと佐伯と話し合って出した祐紀の結論を話した。
原はポカンと口をあけ、そして・・。

 「なぁ佐伯、祐紀を儂にくれんか?」
 「やらん。」
 「なぜじゃ!」
 「儂の方が欲しいわ!」
 「な?!」
 「彼奴は神職ぞ、継嗣(けいし)でもあり、国の誇る霊能力者じゃ。」
 「そうか・・、そうであった・・、おしいのう。」
 「うむ、残念じゃ。」

 二人して顔を見合わせたあと、同時に溜息を吐いた。

 「噂については町奉行所が対処、処分をしよう。」
 「うむ・・。」
 「しかし、噂の裏に関しては分かっておろう。」
 「ああ、儂の仕事じゃ。」

 二人とも腕組み、互いに無口となって思案顔となった。
暫くすると外から近づいてくる足音が聞こえてきた。

 「お酒、お持ちいたしました。」
 「おお! 来たか、まって居ったぞ!」

 佐伯はそういうと障子を開け、そそくさと酒を受け取る。
店の者は酒を渡すとすぐに戻っていった。

 佐伯はお銚子の乗った盆を自分の席にもっていき、手酌で飲み始めた。

 「おい佐伯、儂にもよこせ!」
 「ふん、散々飲んでいたであろうが!」
 「何をいう、ほんの数本だ!」
 「儂は今飲み始めたばかりだ、お預け(おあずけ)だ、貴様には!」
 「な、何を言う! お預けとはなんじゃ、儂は犬でなないぞ!」
 「ふん、同じようなものだろう? 奉行所なんじゃから。」
 「なんじゃと!!」
 「なんじゃ?」

 二人は睨み合ったあと、同時に吹きだした。
そして佐伯はお銚子の乗った盆を原に押しやった。
原は盆から酒を取ると、手酌で呑み始めた。

 「のう、佐伯よ。」
 「なんじゃ?」
 「やはり祐紀は奴の息子じゃな。」
 「ああ、確かにそうだな。」
 「あやつも神官になぞならんでもいいものを。」
 「そう・・だな。」

 竹馬の友は互いに、ここに居ないもう一人の竹馬の友を思った。

 「で、祐紀はなんで都に出てきた?」
 「それなんだが、殿に会いたいらしい。」
 「は!? なんだと!」
 「ああ、儂も驚いておる。」
 「そんなことできっこないだろう、一介の神官が・・。」
 「まあ、そうだな、いくら優秀な霊能力者だとしてもな。」
 「で、どうすんだ。」
 「さて・・、どうしたものか・・。」

 そう言って佐伯は原の顔をじっと見た。

 「何じゃ?」
 「原よ、今回の緋の国の謀略を暴いた祐紀を、殿の御前で褒めることはできんか?」
 「う、ぬ・・。」
 「やはり、無理か・・。」
 「難しいであろうな。」

 そういうと二人とも押し黙り、酒を違いに交わし始めた。
結局、その日は祐紀と殿の顔合わせの案は出なかった。
翌日、二人とも二日酔いになったことは言うまでも無い。
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