第6話 奪衣婆見習いの前世

文字数 1,350文字

 祐紀が山頂でコーヒーを味わっているその頃、巫女装束の子(奪衣婆見習い)は、閻魔大王が執務を行っている役所へと来ていた。

 門番に取り次ぎを依頼する。

 「閻魔様に緊急の用件にてお会いしたいのですが・・」
 「緊急ですか?」
 「はい。三途の川で流されない霊を捕縛(ほばく)しております。」
 「言葉を慎まぬか! 捕縛などと!」
 「す、済みません・・」
 「まあよい、そこの待合室で待て。」
 「はい・・よろしく願います。」

 門番は仕方が無いという顔をしながら、取り次ぎを行うため奥へと消えた。
それを見ながら奪衣婆見習いの巫女は待合室に移動する。

 待合室へと移動しながら、奪衣婆見習いの巫女は思いあぐねていた。

 あの祐紀っていう人、どうなるんだろう・・。
過去1000年位で二人ほど、同じような霊にあったことがある。
その霊たちは閻魔様に引き渡した後はどうなったかは分からない。
閻魔様に聞いたことがあるが教えてはくれなかった。

 まあ、かくいう私もその一人なのだが・・
ただ、奪衣婆の見習いの他の人にも聞いたが、皆は私とは違っていた。
解脱し仏の末席に着いて()もない霊だった。

 この奪衣婆の見習いの巫女は名を市(いち)という。
平安時代に生きた女性だった。
幼き頃より霊感が優れ宮中に仕えていたが、政権争いに巻き込まれ暗殺された。
まあ、自分の死は予期できていたし悟りも開いてはいた。
だから、死んだ直後に三途の川に流されることはなかった。
ただ、仕えていた女主人に対し思うことがあり、解脱の門を潜らなかった。
つまり解脱まで達していたが、女主人に対し心を残した結果と言える。
それについて後悔はなかった。
その後いろいろとあって、奪衣婆の見習いとなり今に至る。

 ここで一つ言っておかねばならないことがある。
それは奪衣婆のことだ。
人間社会では、恐ろしいお(ばば)として伝えられている。
しかし実際は見目麗しい女性だ。
霊から身ぐるみを剥ぐなど、なぜそのように言われるようになったのか不思議である。
奪衣婆は三途の川を監視し、霊の解脱、または輪廻転生を円滑に行うことを仕事とする高位霊だ。

 市はなぜ自分を奪衣婆見習いに閻魔様が任命したかわからない。
実際は閻魔様だけで奪衣婆見習いに任命はできないのだが、細かいことまで市には分からない。

 市が奪衣婆見習いを任命されてから、まじめに奪衣婆の教えに従い自分のなすことを粛々としてきた。
あるとき、おなじ奪衣婆見習いから、市が仕えていた女主人が三途の川を流れていくのを見たと言われた。市が三途の川に来た時から差ほど経っていなかったそうだ。
つまり市が死んですぐに女主人も殺されたということだ。
できれば女主人に来世では幸せになって欲しい。
しかし、女主人がどうなったかは奪衣婆見習いでは知るよしが無い。
ただ、ただ祈るばかりだ。
おそらく今頃は何度も輪廻転生を繰り替えしたことだろう。
輪廻転生した霊は、次に会っても分からない。
それは生まれ変わって行った結果により霊の波長が変わるからだ。
今では女主人を思い出す事も希となった。
しかし女主人を忘れることはなく、思い出すと切なさが胸を締め付ける。
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