第219話 裕紀・密入国をする・・

文字数 2,958文字

 裕紀(ゆうき)は山奥を息を切らせ、あえぎあえぎ歩いていた。

 亀三(かめぞう)の後を遅れまいと必死で歩く。
だが、たまらなくなり亀三に声をかけた。

 「か、亀三! ちょ、ちょっと休もう!」
 「疲れましたか?・・、では休みましょう。」

 そう言って亀三は足を止め廻りを見回す。

 「ああ、あそこにちょうど良い岩があります。
あそこに腰掛けますか?」

 「あ、ああ、そうしよう! そうしてくれ!」

 裕紀は顔からしたたり落ちる汗を手でぬぐう。
季節は冬の寒さの峠を越え、少しづつ暖かくなりつつあった。
とはいえ標高が高い山々ではまだ寒さが厳しい。
息は絶えず白く見えている。

 山に入る前、裕紀は山越えなど楽勝だと考えていた。
今年は雪が少なく、北側の陽がほとんどあたらない場所に雪が有る程度だったからだ。

 裕紀は亀三の足手まといになるなどとは思ってもいなかった。
体力には自信があったからだ。

 裕紀は岩に腰掛け、腰に下げていた竹筒を取り、水を勢いよく飲み込んだ。
息が上がった体に水が染み渡る。

 一息つきながら裕紀は、この山越えをする数日前の事を思い出していた。

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 待ちに待った寺社奉行・佐伯(さえき)からの手紙が届いた日の事だ。
手紙を受け取った叔父である兵衛(ひょうえ)は裕紀と亀三を呼び出した。

 裕紀は、何故亀三を交え手紙の話しをするのか不思議でならなかった。
確かに養父と亀三は親しい間柄である。
だからといって寺社奉行の役職にある佐伯からの手紙を亀三に話して良いわけがない。
寺社奉行として外に漏らしたくない内容があるかもしれないからだ。

 決して口の固い亀三を信用していないわけではない。
だからといって一介の神官である亀三に、手紙の内容を話して良いとは思えなかった。
兵衛もそのような事は重々承知のはずである。

 そんな裕紀を意に返さず、兵衛は手紙に目を通したことを二人に告げた。
そして爆弾発言をしたのだ。

 「結論からいうと佐伯様でも、宮司(ぐうじ)様の動向はつかめないそうだ。」

 その言葉に裕紀は愕然(がくぜん)とした。
養父の消息が寺社奉行である佐伯でも分からない事に。

 佐伯は寺社奉行であると同時に、国内の事情通でもあり、他国の情報にも通じていた。
そんな佐伯が調べてもわからないなら絶望的である。

 叔父はショックを隠せない裕紀を見て、少し困った顔をしながら話しを進める。

 「じゃが、佐伯様によると陽の国と我が国の国境で()()()あったという情報を掴んだ。」
 「何やら・・ですか?」

 亀三は二人のやりとりを聞くだけで、口を挟まなかった。
裕紀は叔父に(すが)るかのように、次の言葉を待つ。

 叔父は一度深呼吸をし、そして(おもむろ)に話し始めた。

 「国境付近で素性(すじょう)不明の者が殺害されたという情報を掴んだようだ。」
 「素性不明者?・・、それが養父様と何か関わりがあるのですか?」
 「関係があるとは言い切れぬ。
じゃが、陽の国がこの事件にあまりにも不自然な対応をしていると伝えてきた。」

 「不自然・・?」
 「そうじゃ。」

 「・・国抜け(くにぬけ)の者(※1)が盗賊にでも襲われた事件が、養父様に関係があるとは思えませぬが?」

 そう答えた裕紀に、兵衛は不思議な顔をした。

 「ほう? 素性不明者が何故国抜けの者だと裕紀は思うのだ?」

 「佐伯様が国境付近とだけ書いてきたのは、おそらく街道を外れた非公式の道なのではないですか?」
 「・・・。」

 「もし、国が管理している街道ならば、具体的な場所を伝えると思います。」
 「なるほどな、街道を外れた抜け道での事件と考えたか。
そしてそのような道を使う者がいるとすれば、国抜けの類いの者であろうと・・。
では、なぜ盗賊に襲われたと?」

 「国抜けの者を殺害するとなるとその追っ手か、そのような者達を獲物にする盗賊だと思います。
追っ手なら別に不自然ではないので叔父上に知らせる理由がありませぬ。
ですから盗賊に襲われたかと。」

 「ふむ・・。」

 「ただ、わざわざ佐伯様がそれを伝えたということは盗賊にしてはおかしな点があったという事ですよね。」

 「そういう事だ。
我が(おい)ながら感服する考えだ。
佐伯様は、国境付近でのこの事件を陽の国がもみ消そうとしたことを掴んだようだ。
不審に思い手の者に探りを入れさせた。
それで分かったことがある。
素性不明者はたった一突きで絶命したことだ。
かなりの手練れが相手ということになる。
そのような者に追われた国抜けの者ならば、素性がすぐに割れるというものだ。
だが、素性がわからぬ。
さらに、調書にはその者の服装や持ち物について一切の記録がない。
調書にしてはお粗末すぎて、裏があると佐伯様は考えている。」

 「そうですか・・。それ以外に何か情報は?」
 「無い。」
 「・・無いのですか。」

 「ああ、残念ながらな。
だが裕紀が宮司様がいると予言した方角で起こった事件だ。
そしてこの事件以外、陽の国でこれと言った気に掛かる情報がみつからない。
あの佐伯様が念入りに調べてもだ。
だから、この事件を追うべきだと儂と佐伯様は考えておる。
裕紀よ、お前はどう考える」

 「私も同感です。
何も養父様の情報がなく、佐伯様が怪しいと思うなら調査をしたいと考えます。」

 「そうか、ならば佐伯様に事件のあった場所を教えてもらおう。」
 「よろしくお願いします。」

 「場所が分かり次第、亀三、裕紀をその場所に案内してやれ。」
 「はい。」

 「え?! 亀三がですか?」
 「そうだ。」
 「陽の国に亀三と行けというのですか!」
 「そうだ。」
 「叔父上! 亀三に私につきあわせ国抜けをさせるなど、とんでもない!」
 「これは宮司代理である儂の命令だ。」
 「!」

 裕紀は叔父・兵衛が亀三を危険に巻き込む判断に顔をこわばらせた。
そんな二人のやりとりを聞いていた亀三が、のんびりとした声で裕紀に話しかける。

 「裕紀様、当方、諸国を放浪した経験があり密入国についても知識があります。
あ、でも、それは内緒にしておいて下さい。
お役人に知れたら捕縛(ほばく)されてしまいますので。」

 そう亀三は言って、茶目っ気にウインクをした。

 中年男のウインクである。
若い健全な男子である裕紀にとって魅力的なものではなく、むしろ見たくないものであろう。
神薙(かんなぎ)巫女(みこ)のウィンクなら、頬を染め見とれたかもしれないが・・。

 それはおいておいて・・
裕紀は密入国について知識があるという亀三の言葉に目を見開いた。

 兵衛が亀三の言葉に頷き、言葉を付け加える。

 「亀三は諸国を放浪したおり、武芸も覚えたそうだ。
己自身を守るためにな。
それも結構な腕前だ。
それに陽の国についての知識もある。
そんな亀三がお前を案内すると申し出ておる。
なにか不服があるか?」

 「えっ?、あ、でも・・いえ・・ありません。」
 「よろしい、では、山越えの用意をせい。
本来なら儂が行くべきであるが、業務を放り出すわけにもいかぬ。
それに儂では密入国をするなど体力的に無理なことじゃ。
さらに言うなら儂には裕紀のような強い霊能力はない。
だから・・宮司様を・・兄を、裕紀、亀三、頼んだぞ。」

 「「はい。」」

 こうして裕紀と亀三は、後日佐伯から得た情報の場所に向かったのであった。

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参考)
※1 国抜け
 国に届け出を出さず勝手に国から出ること。
 夜逃げや、武家同士が争いをおこし制裁をおそれて内密に国を脱出した者などの行為。
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