第235話 陽の国・これから・・・ その4

文字数 2,328文字

 神一郎(しんいちろう)は渋々リハビリの約束をし、一同はそれは当然だ、という顔をし一件落着した。

 そして各自がお茶碗を手に取り、和やかな雰囲気で飲み始めたときだ。
裕紀(ゆうき)が突然姿勢を正し神一郎に向き合った。
神一郎はそれを見て姿勢を(ただ)した。

 周りは何事かと裕紀の様子を見守る。
裕紀はどう話そうかと迷っており、口を開いては閉じる。
神一郎は何も言わず、裕紀が話すのをじっと待っていた。
やがて裕紀は神一郎に問いかけた。

 「養父様、神薙(かんなぎ)巫女(みこ)様に私は会うことはできますか?」
 「・・・。」

 神一郎は何も答えない。
裕紀は神一郎が答えるのを待った。
だが、神一郎は何も話さない。
裕紀はすこし()れた声で、再び呼びかけた。

 「養父様?」

 神一郎は、じっと裕紀の目を見つめる。
裕紀は何か言おうとし口を開いたが、すぐに閉じた。
そしてじっと神一郎の目を見る。

 猪座(いのざ)亀三(かめぞう)は、口を挟まずにじっと二人を見守っていた。

 やがて神一郎は(さと)すように裕紀に話しかけた。

 「裕紀、お前は密入国者だ。
そして霊能力者として有名であり、我が陰の国では重要人物だ。
お前ほどの霊能力者はどの国でも欲しがる。
そんな者が密入国をしたとあらば、痛くもない腹を探られる。
捕まればおそらく何だかんだと罪をかぶせられ大罪人とされるであろう。
陽の国は陰の国にお前を帰すまい。
そうなれば、この陽の国と戦争になるやもしれぬ、いや、なる。」

 「・・・分かっております。」

 「もし、お前が(わし)らがいればなんとかなるなどと思っていたら考えが甘い。
お前が捕まったら儂らだけでは助けられぬ。」

 「はい。それも分かっております。」

 「一応、聞くが・・。」
 「何でしょう?」
 「もし捕まったら、お前はどうするつもりだ。」

 「自害します。」

 間髪(かんぱつ)を開けずに答えた裕紀に、神一郎は黙り込んだ。
亀三は目を見開く。
猪座はアングリと口を開けた。

 だが、やがて神一郎は笑い出した。

 「ははははははははは、それは良い!」
 「し、神一郎様! 笑い事ではございませぬ!」

 亀三が神一郎の笑いに噛みついた。

 「いや、いや、いや、怒るでない亀三。
うん、裕紀、それでよい。
それでこを我が息子だ。
それにお前の言ったことは間違ってはおらぬ。
国同士の戦争回避が、愚息の命でできるなら安いものだ。
何、心配するな裕紀よ、お前が死ぬなら儂も一緒に死んでやろう。」

 この言葉に亀三は神一郎を(にら)み怒鳴る。

 「な、何をバカなことを!!
お二人とも亡くなったら、神社はどうなるのですか!」

 「何、儂の優秀な弟がおる。大丈夫じゃ。」
 「そういう問題ではござらん!」
 「亀三、何を怒っておる?」
 「怒って当たり前でしょ!」

 「ふん、当たり前とはよく言うものだ。
好きな女に命を賭けてでも会いたい。
これがおかしな事か?」

 「そんな事は言ってはおりませぬ!
ですが、物事には道理がござろう!」

 「道理か・・。
お前は儂と試合をし負けた。
それを機に儂に教えを()い、儂に付いてきた。
(さと)を捨ててまで。
道理でいえば、(おさ)であったお前はそのような事はしてはならぬ。
違うか?」

 「そ、それとこれとは!」

 「同じだよ。
()の子が命をかけたいと思う女子(おなご)がおる。
それは重要な事だ。」

 「神社の跡取りの責任と、女子では重さが違いましょう?!」

 「亀三、だからお前は儂に負けたのだよ。」
 「へ?」

 「欲望で他人より強くなりたい、では強くなれないのだよ。
守りたい者がいる、守らねばならぬ、という信念が人を強くするのだ。
欲望や、権力を守りたいという欲ではないのだ。」

 「・・・。」

 「裕紀は女子(おなご)(うつつ)を抜かしていると言えばそうなる。
だが、女子に命を賭けてまで会いに行くバカはそうはおるまい。
それも、(かな)わぬ恋だと分かって会いに行くのだ。
そうであろう、裕紀よ。」

 「はい。」

 叶わぬ恋という言葉に一瞬裕紀は悲しそうな顔をしたが、即座に迷い無く返答をした。
神一郎はそれを見て、優しい笑顔を向け軽く(うなず)く。

 神一郎はさらに話しを続ける。

 「叶わぬ恋と分かっていても会いたい。
女子の無事を確認したい。
危険がもうないのか自分の目で確かめたい。
それだけのために命をかける。
よいではないか!
命をかける意味はある。
そうであろう、亀三?」

 「・・・分かりました、もう何も言いませぬ。」
 「うむ。」
 「では、私もつきあいましょう。」
 「それはだめだ。亀三。」
 「え?」

 「お前は事の顛末(てんまつ)を神社に知らせねばならぬ。
だからお前は死んではならない。
儂らのやることに手出しをしてはならぬ。
死ぬとしたら儂と息子だけでよい。
死出の旅路に、お前は不要だ。」

 「・・・不要、ですか・・。」

 「そうだ、それよりお前は自分の実力をまだ伸ばしたいのであろう?」
 「いえ、もう自分の技量は理解済みです。それにもうよい歳ですからね。」
 「そんな事は・」

 「いえ、申されるな。
自分の技量を冷静に見れるようになったのも貴方様のおかげです。
自分が貴方様とは違い凡人(ぼんじん)だというのは側にいてよく分かったのです。
これは卑下(ひげ)でもなんでもありませぬ。事実を述べているだけです。」

 「・・・そうか。」
 「それにです、石頭の師匠と死ぬのもまた一興ではござらんか?」
 「い、石頭だと!」
 「ええ、違うとでも?」
 「うぬ!!・・」

 そんな二人のやりとりに途中で裕紀が口を挟む。

 「あの~、養父様、亀三・・・。」
 「「何だ!」」

 「先ほどから聞いていれば、何で私が死ぬことが前提なのですか?」
 「「え?」」

 裕紀の言葉に亀三と、神一郎は目を合わす。
そして

 「はははははははは! そうだな、そうだ、こりゃ、やられたわい!」
 「がはははははは! ええ、ええ、そうですな。」

 そういって二人は笑い合い、裕紀は何とも釈然としない顔をした。
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