第21話 宮司の追憶

文字数 2,897文字

 祐紀は8才くらいから、鎮守の森に一人で入って遊ぶようになった。

 この森は国の鎮守(ちんじゅ)の神社という手前もあり広大であった。
原生林で一山もある。

 祐紀が鎮守の森に遊びに行くと出かけた後、誰も鎮守の森で祐紀の遊んでいる姿を見た人はいない。
しかし、誰一人として祐紀のことを気にかけたり、心配する者はいなかった。
なぜなら、子供が原生林の奥まで遊びに行くとは思わないからだ。
子供の言うことだ、鎮守の森に行くと言いながら別の場所で遊んでいるのだろうと思っていた。

 祐紀が10才になったある日、養父である宮司に森に一緒に行こうと誘った。
宮司は軽い気持ちで、祐紀と手をつなぎ森に入った。

 最初は人手の入った歩きやすい道を、散歩気分で歩いたのだが・・。
祐紀はどんどん森の奥へ奥へと入っていく。
子供なのに、大人の歩く速さとほぼ同じだった。

 宮司は違和感を感じた。

 「祐紀や、足が速いが大丈夫か?」
 「え? 早いですか、遅くしますか?」
 「・・いや、よい。」

 やがて道が途切れた。
山の斜面が、ここから急になっている。
これより先は、木々の間を歩くしかない。
祐紀は繋いだ手を離し、先を歩きだした。

 「祐紀や、どこに行く?」
 「もうすこし、先だよ?」
 「・・・」

 ここまで来て引き返すより、祐紀がどこに連れて行こうとしているか興味があった。
宮司は、そっとため息を吐くと、祐紀の後を歩きはじめた。
祐紀は、時々振り向いては宮司がいることを確かめニコりと笑う。

 それから1時間ほど歩いただろうか・・。
宮司は汗だくとなり、足も重たく感じ始めた。
松葉や広葉樹の葉が敷き詰められた道なき道だ。
岩場より歩き安いとはいえ、大の大人でもキツい。
それなのに祐紀は呼吸も乱さない。

 途中々で、宮司は祐紀に道がわかるのかと聞くと、いつも来る遊び場だという。
最初は疑心暗鬼だったが、迷わず進む祐紀を見ると嘘ではなさそうだった。

 無言で宮司は足下を見ながら歩いていると、前を歩いていた祐紀が立ち止まった。
やっと目的地についたのかと、顔を上げて前をみた宮司は息を呑んだ。

 数メートル先に、山の中腹では考えられない平らな広場があった。
半径50m位の、不自然な程に真円に近い平地だ。

 「ここだよ。」

 祐紀がそういうと、宮司はその広場の(へり)まで歩いて止った。
見上げると、まるで井戸の底から上を見上げたように、青空が丸く切り取られたように見える。
この広場は、まるで木々がその場所を守るかのように囲んでいる。

 「祐紀や、ここは?」
 「ここはね、僕の遊び場。」
 「・・・」
 「養父様に、僕の遊びを見て欲しいんだ。」
 「ほう・・。」

 「じゃあ、ここで見ていて。
絶対に、この平らな場所に入っちゃ、だめだよ?」

 そう言って、祐紀は広場の中心に歩いて行って立ち止まる。
宮司は言われたとおりに、広場に入らず祐紀を見ていた。

 「じゃあ、養父様、見ていて。」

 そう言うと、教えてもいないのに手で印を組む。

 「え? あの印は!」
そう宮司が呟いたときだった。

 祐紀を中心として竜巻が起こった。
それも、すざましい勢いだ。

 「祐紀!!」
思わず宮司はさけんだ。
すると、竜巻の轟音の中から祐紀の声が僅かに聞こえて。

 「大丈夫だよ、見てくれた?」

 それを聞いた宮司は大声で叫ぶ。
 「見たぞ!! もうよい、止めなさい!!」

 すると、竜巻は即座に止んだ。
静寂が訪れ、今見たものが夢のように思える。
周りからは小鳥の囀りが聞こえた。

 「風神か・・。」
宮司は独り言のように呟いた。

 祐紀は宮司の呟きに気がつかず、呆然としている宮司に声をかけた。

 「じゃあ、次、行くよ。」
 「ま、まて祐紀!」

 宮司の声は祐紀に届かなかった。

 すると、突然、大雨が広場だけに降り注ぐ。
まるで篠突く雨だ。

 「すごいでしょ!」

雨の中心から、祐紀の得意げな声がした。
すると、雨は突然止んだ。
ただ、祐紀は濡れてはいない。
おそらく祐紀の周りを囲むように降っただけなのだろう。
ただ、雨が跳ね上がってのか、袴の一部に泥がついている。

 「こ、これは・・。」
宮司の思考は停止した。

 「次はね、雷かな?」

 そう言うと、突然、稲光(いなびかり)がした。
それも天気の良い晴れ渡った日に。
その直後、雷が祐紀の右横にある木に直撃する。

  ピシャ! ドカン!

 そして、メリメリという音を木が発した。
やがて木が真っ二つに割れ、そのうの半分が倒れて行き隣の木により掛かり倒れるのが止った。
残りの半分は立ったまま聳えている。
まるで、斧で木を半分に綺麗に割ったかのようだ。

 「な! 雷神までも!」
そう宮司は叫んだ。

 「次はね・・。」
 「も、もうよい! 祐紀、()めよ!」
 「え?」

 祐紀は宮司が褒めてくれるのを期待していたのであろう。
キョトンとしたあと、泣きそうな顔になった。

 宮司は祐紀に近づき、祐紀の頭を撫でた。

 「祐紀よ、凄いな。」

 そう宮司が言うと、祐紀は泣きそうな顔からポカンとなる。
その後で、パッと明るい笑顔になり、はにかんだ。
まるで百面相だ。

 「でもな、祐紀よ、これは人に見せてはいけないよ?」
 「え? どうして?」
 「そうじゃな~・・・。
祐紀は妖怪を知っておるか?」
 「はい。」
 「妖怪は怖いか。」
 「はい。」
 「なぜ怖い?」
 「人を脅したら、殺したり、食べたりするからです。」
 「そうじゃよ。 だから怖い。」
 「?」

 「怖いのは、それだけじゃない。 人と違うからだ。」
 「?」
 「人は自分達と違うと恐ろしいと感じるのじゃよ。」
 「・・・」
 「今、祐紀がしたことは他の人はできるかな?」
 「どうでしょう?・・、できないかもしれません。」
 「いや、出来ないよ。 普通の人には。」
 「・・・」
 「普通できないのに、祐紀ができたら、どう思うかな?」
 「?」
 「そうじゃ、怖がるし、近寄らなくなるじゃろう?」
 「?!」
 「わかったな、人前では今のことを見せてはならぬ、よいな?」
 「・・はぃ・・」

 祐紀は(うつむ)いた。泣きそうだった。
それを見て、宮司は優しく微笑む。
祐紀の頭を撫でながら、言葉をかける。

 「じゃがな、儂はお前を誇りに思う。
この力は凄いと思うぞ。
もし、使うとしたら人を助けるために使いなさい。
それ以外に、面白がったり、自慢したり、自分のためだけに使ったらだめだよ。
いいね。」

 祐紀は顔を上げ、宮司を見た。
そして・・

 「はい! 養父さま。 そのようにします。 誓います。」
 「うむ、それでこそ儂の義息だ!」

 そう言って祐紀を抱きかかえた。
祐紀が10才の春だった。
それから、祐紀は決して人前で、この力を示したことはなかった。
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