第246話 緋の国・白龍 その8

文字数 2,862文字

 クンクン・・、クン・・・。

 白眉(はくび)は、その臭いを嗅いで(まゆ)(ひそ)めた。

 「どうしたというのだ?」

 白眉はそう(つぶや)いた。
そして、頭を()く。

 「これは・・、(わな)であろうな、うむ・・。」

 白眉はある方角を(なが)め、誰に言うとも無しに話す。
独り言である。

 今まで探しても臭いがしなかった。
それが早朝からほんの(わず)か臭いを感じるようになったのだ。
そしてその臭いが徐々に強くなりつつある。
(ふた)をして臭いが出るのを防いでいた事を止め、徐々にその蓋を開けていくかのようだ・・。

 お前が来るのを待っておるぞ、と言う意思表示なのであろうか?

 「さて、どうしたものか・・。」

 白眉は腕を組み思案をする。
だが考えるまでもない。
この挑戦状ともいえる誘いに乗らない理由はない。

 もし行かなければ相手は姿を(くらま)まして、二度と姿を白眉の前に(あらわ)さないかもしれぬのだから。

 白眉は検非違使(けびいし)に化け、臭いがする屋敷の方に歩き始めた。
検非違使とは、今でいう警察に相当する。

 白眉はその屋敷に到着すると、そこに立っていた門番に話しかけた。

 「見回りである。」
 「検非違使様、お役目ご苦労さまです。」
 「うむ、このお屋敷の警護は大丈夫であろうな?」
 「な、何かございましたか?!」
 「いや、単なる確認だ。」
 「確認でございましたか・・。」

 門番は一瞬緊張した様子であったが、胸をなで下ろしたようだ。
この屋敷に何か疑いでもかかっているのかとでも思ったのであろう。
気が緩んだ門番は白眉に聞きもしない事までも話し始める。

 「ご存じと思いますが、ここはバリス様のお屋敷でございます。
故に警備も万全ですよ。
怪しい者など忍び込むなど考えられません。
それに検非違使様だから申しますが、賊への対策を強化し終えたばかりです。
秘密裏にすすめたので賊が押し入ったなら簡単に御用となる事でございましょう。」

 「そうか、どのような対策をしたのだ?」

 「なんでも、罠を仕掛けたと聞いております。
まぁ、そうは言っても()()()()にはどんな罠かは分かりやせんがね。
マタギを呼んで、なんやら古文書をマタギに見せたり大工に小難しい作業をさせたらしいんで。」

 「なぜ門番のお前がそのような事を知っているのだ?」

 「え!! あ、勘違いしないでくださいよ!
あっしは、そのマタギとたまたま居酒屋で会って話しをして知ったんでさ!
だってそうでございましょう?
この屋敷と縁がないマタギが呼ばれて、屋敷に入ったんですよ?
聞きたくなるじゃないですか。」

 「マタギはなんと言っていたんだ?」

 「なんでも罠の位置を大工に指図したとか。
大工は難しい顔をして細工をしたと言ってましたよ。
なにか人にしかけるような罠ではないと言っておりやしたが・・。
そんなの賊なんぞに効果があるのかと、そのマタギは首を傾げておったんですよ。
なぁ、旦那(だんな)()()()はけっして屋敷の警護をさぐっていたわけではないですよ!」

 「慌てるな。お前を疑ったわけではない、安心せい。
お前のような忠義(ちゅうぎ)の者が、そのような事はしないと分かって居る。
念には念を入れて聞いたまでだ。」

 「そ、そうですか・・。なら、安心していいんですよね?」
 「ああ、安心せい。」

 門番はホッとしたのか、だらりと肩から力がぬけた。
そして・・。

 「まぁそういう訳で賊がこの屋敷に忍び込んでも安心でさぁな。
それに旦那様もご自身を守るためにも気を(つか)っていなさるんでさぁ。
何やらの毒草を取り寄せたりしてね。」

 「毒草?」

 「あ! か、勘違い(かんちがい)しねぇでくだせい!
旦那様は己の身を守るために購入したもので、暗殺用ではないですよ!
護身用にその毒を刀に塗っておくようで。
さすれば曲者は軽く刀で傷をつけるだけで、(しび)れて動けなくなるとか。」

 「ほう? それは賢明な事ですな。」

 「そうでございましょう!
旦那様は頭が切れるお方です。なんせ宰相様の右腕なのですからね。」

 「そうか、確かに頭が切れる御仁(ごじん)のようじゃな。
儂など刀にまでそのようにするなど発想もできん。
それに毒を使うにも、毒の種類など右も左もわからぬ。」

 「検非違使様でもですか?」
 「そうだ。」

 「だとすると旦那様はすごいのかな。
なんか薬問屋を呼んで神命霧草(しんめいぎりそう)とかいう毒草を頼んだとか・・。
薬問屋も聞いたことがない毒草で、入手に苦労したと番頭から聞きましたのでさぁ。
あ、これも番頭さんと門で挨拶をしたときの雑談できいたので、へぃ、勘違いしないでくでせぇよ?
ん? 検非違使様?」

 白眉は神命霧草という言葉に、(あご)に手を当て考え込んでしまったのだ。
考え込んだ様子に門番は、何か不味い(まずい)ことをいったのかと(あせ)った。

 「検非違使様?」
 「あ、いや、すまん、神命霧草とは聞かぬ毒草だな、と。」
 「そうでございましょう!」
 「さすがは物知りのバリス様ですな。」
 「はい! そうなんです、旦那様はすごいでしょう!」

 門番は自慢げに胸を反らす。

 「うむ、そうだな。
まあ聞いた限り警備の方は問題なさそうだな。
だがのう・・、賊が罠を仕掛けた場所を通らなければ意味がないがのう・・。」

 「たしかに・・、そうですが。
でも上の方の立ち話を聞いたのですがね・・。
旦那様を狙う者に対しての罠で、旦那様の御寝所への通路にしかけたとか。
旦那様さえ無事なら、お金など盗まれたくらいならなんとでもなるお方ですから、はい。」

 「そうか、たしかにそうだな。
しかしよいのう、お金に困らない上の方は。
(わし)など居酒屋の飲み代でさえ、困っておるというのに。」

 「ははははは、まことに。
検非違使(けびいし)様も儂らと同じでございましたか。」

 「うむ、このことは内緒にな。」
 「へいへい、そういたしやす。」
 「ああ、あと儂がここに来た事は秘密じゃ。」
 「へ?」

 「いや、何、実をいうとだな警備の様子を抜き打ち視察にきたのだよ。
だが、お前から聞いたので十分じゃ。
この屋敷の上の者に突然(うかが)って、それを話してから査察するも手間でのう。
あれこれと問答をしたあげく、書類をあれこれと書かされるからのう。
分かるであろう?」

 「はぁ、まぁ、それは・・、そうなので御座いましょうな。
でも、儂が検非違使様が来た事を上に伝えないと儂が怒られます。」

 「なぁに、お前が黙っていれば何も問題ない。
さすればお前の屋敷の者も、儂の上司も分かりゃせん。
儂は上司に、この屋敷は安全だと責任をもって伝えておく。
な、誰にも迷惑もかからず、何も心配する事はないであろう?
何よりも、儂も早く帰って楽をしたいのじゃ。
わかるであろう?」

 「ああ!そういう事でしたか。
分かりやした、黙っておりやすよ、検非違使の旦那。」

 「うむ、助かる。
あ、それとじゃ、この件は屋敷以外の者に世間話で話すでないぞ?
そやつらが噂をして、儂の上司の耳にでも入ってみろ・・。」

 「は、入ったら?!」
 「お前は遠島、わしは斬首だろうなぁ。」
 「へ!!そ、そんな!」
 「なに、お前が話さなければ何も問題ないだけだ。」
 「へぃ!! あ、あっしは、は、話しませんぜ!」
 「うん、なら良い。」

 白眉はそう言うと(きびす)を返し、その屋敷を後にした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み