第14話 祐紀の覚醒

文字数 3,031文字

 祐紀(ゆうき)は夢を見ていた。

 どこか分からない、小高い丘の上にいた。
そして自分から少し離れた場所に、こちらに背を向け巫女装束の女性が立っていた。
丘の上から眼下の景色を眺めているようだ。

 祐紀が巫女を見ていると、巫女は視線に気がついたのか顔だけ祐紀に向けた。
祐紀がいることに気がつくと、祐紀の方に向き直り微笑んで手招きをした。
妖艶な女性だ。
祐紀は夢遊病者のように、その手招きに応じフラフラと近づいていった。

 誰だろう?

 懐かしい人のような気がする。
なんていうのだろう、この人は・・。
そう、母のように感じる。
でも、僕には母はいない。
義父である宮司から、僕は突然神社に現れた赤子だと聞いている。
不思議な感覚だ・・・。
巫女の正面で止まると、巫女は優しい微笑みを残しながら話しかけてきた。

 「こんにちは、祐紀。」

 え? なんでこの人は僕を知っているんだろう。
祐紀は挨拶を返すのも忘れ、唖然としてしまっていた。
そんな祐紀を気にもせず、巫女はゆっくりと後ろに向き直り、また眼下の景色を眺め始めた。
そして、こちらを見ることなく、右手で隣く来るように手招きをする。
祐紀はそれを見て我に返り、気まずさを隠しながら巫女の隣に移動した。
そして、巫女が見ている景色を見た。
そこには雄大な自然があり、思わず息をのんだ。

 遙か遠くに連なった高い山々が霞んで見える。
その山々の手前は広大な広葉樹の森が広がっていた。
その広葉樹の森を、手前の湖が鏡のように写し出している。
そして、今立っている丘から、その湖までは広大な野原だった。
風が吹くと、野原の草や花が一斉に揺れ動き、まるで川のようだ。

 なんという綺麗な景色なんだろう。
言葉を無くし、しばらく無言で眺めていた。

 ふと気がつくと巫女はいつのまにか祐紀を見て微笑んでいた。
その視線に少し恥ずかしくなり、思わず(うつむ)く。
俯いたまま、巫女に祐紀は尋ねる。

 「あの、ここは・・。」
 「懐かしいであろう? 帝釈天。」

 え?たいしゃくてん・・。
何を言っているのだろう・・・この人は?
僕は祐紀、人なのに?
なんで神仏の御名(みな)を・・。

 と、その時だった。
突然、帝釈天としての記憶が、まるで映画をみているように頭の中に流れ込んでくる。
よく、走馬燈のように、という比喩があるが、まさにそれだ。
やがて目まぐるしく流れる映像がピタリと止まった。
それを合図にしたように記憶が蘇った。

 そうだ、おれは帝釈天だ!

 人間界に興味を持って、降臨したんだ。
そして、あれ?・・。
その後の記憶が・・。
?・・・。

 「母上・・・私は・・いったい何をしていたのでしょうか?」
 「ふふふふふ、ちょっと貴方が私に断りも無く勝手に人間界に行ったでしょ?
だから、ちょっと意趣返しをしたの。」

 そう言って奪衣婆(だつえば)(巫女)は、帝釈天の(ひたい)を人差し指で軽く突いた。
その瞬間、抜けていた記憶が先ほどと同じように映画を見ているように頭の中に流れ込んできた。

 「記憶は戻った?」
 「・・え、ええ、まぁ・・。
それにしても、なぜ祐紀として死んだ段階で、私の邪魔を?」

 「(いち)の記憶はない?」
 「え?・・、市?」
 「ええ、奪衣婆見習いの。」
 「ああ、あの奪衣婆見習いですか。」
 「ええ、そうよ。」
 「三途の川であっただけですが?」
 「あら、そうだったかしら?」
 「・・・?」

 帝釈天は母の言葉に違和感を覚えた。
そして母がなぜ市という名前を出したか考えたが検討さえつかない。
帝釈天は困惑した。

 「はぁ~、まぁ仕方ないかしら。
帝釈天としての記憶を無くして転生させたから。」
 「もしかして、今いる異次元と関係があるのですか?」
 「そうよ、姫御子は知っているわよね?」

 「なるほど、姫御子が市なんですね?」

 帝釈天は、自分の分身として生をうけさせた奪衣婆、いや、母が自分を

ように話しを進める状況に

()いた。

 「それで母上、私にその市という娘をどうしろと?」
 「それは、ひ・み・つ。」

 まったく母上は・・子供ですか・・。
焦らすように話しをして。
そんなに私と遊びたいのですか?
すこしは子離れをして欲しいのですけど・・。

 「帝釈天、子離れはしています!」

 まずい・・心を読まれた・・隠蔽を忘れていた・・。

 「あ、ずるい、隠蔽なんて!」
 「あの・・母上、拗ねる真似はよしましょう。」
 「え~! 帝釈天、たまには母も甘えたいのですよ?」

 「はぁ~・・・、母上、真面目な話し、異次元で私に何をさせるつもりですか?」
 「・・・」

 奪衣婆は帝釈天を見つめ、しばし押し黙った。
なにか言い出しにくいことなのだろうか?
 
 「母上?」

 「市はね、解脱(げだつ)(こば)んでいるの。」
 「? 何故に拒むのですか?」
 「昔の自分の(あるじ)に肩入れをしすぎたのね・・。
解脱より、主を選んだ結果です。」

 「バカですか、市は・・・。
まあ、純粋すぎる人間にはありそうな事ですが。
しかし、そんな純粋な人間がまだ居たんですね。」

 「ええ・・、市を(しばら)く私の下で見習いにして様子を見たんだけど、束縛を自分にかけてしまっててね・・。」
 「そういうことですか・・、だから解脱を邪魔する記憶を消して呪縛を解き、異次元に転生させたというところでしょうか、また、厄介な事を・・。」

 「・・・」
 「そして市を導くために、私も異世界に送り込んだということですか?」
 「そういう事。だからよろしくね。」
 「はぁ~・・・、市を異次元で転生させるしかなかったとして、私を巻き込むのは酷くないですか?」
 「あら、それを言うなら、私に無断で人間界に顕現したことは酷くないの?
私がどんなに探したと思っているの?」
 「そ、それは・・。」

 奪衣婆に睨まれ、帝釈天は四苦八苦した。
確かに帝釈天として天界でのお役目を部下に押しつけ、誰にも断らずにトンズラをして人間界に遊びに行ったのだから、奪衣婆、いや母が心配したであろうことは察しがついた。

 「この母が、どれ・」
 「わ、分かりました!」

 母の愚痴を止め、お説教を回避するために言葉を遮る。

 「市を解脱に導きます、それでいいですよね?!」
 「あら、よろしくね。
ただ、あなたは人間界を楽しみたかったのでしょ?
だから、帝釈天としての記憶は無しにするからね。」
 「は、母上!」
 「あら、何? 何か文句でも?」
 「あ、いや、でも、それでは市に対し何をするために生まれたか自覚しなくなりますよ?」
 「それは大丈夫、市が恋しくなるようにして差し上げます。」
 「え?!」
 「人間界に興味があったのでしょう?」
 「いや、それは!」

 「大丈夫です、帝釈天。解脱をしているあなたなら再度解脱の道を歩むでしょう。」
 「あ、でも、それは・」
 「じゃ、頑張って無意識に市を導いてね。」
 「そんな、無茶苦茶な!」
 「ぐっどらっく!」

 奪衣婆は妖艶に、ちょっと意地悪い笑顔を見せると、問答無用で帝釈天を再び祐紀として異次元に送った。
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