第270話 解脱への道 その2
文字数 2,214文字
陰の国に戻った裕紀 は神社の業務を養父に押しつけられた。
養父はというと、”出かけてくる”という一行の書き置きを残しいつの間にか居なくなっていたのである。
宮司は神社の最高権力者である。
その宮司が誰にも告げずにメモで「出かけてくる」と一言残し居なくなるなどあってはならない。
ならないのだが・・、実際にあるのである。
社務所で裕紀はため息をつく。
今、社務所には叔父である兵衛 と亀三 しかいない。
裕紀は兵衛に養父の行き先を聞いた。
「なあ兵衛、養父様はどこに行ったのでしょうか?」
「私に聞かれても困ります。亀三 は知っているのではないですか?」
「私ですか?! 知りませんよ。」
「じゃが、お前はそう言って宮司 様の行き先を知っておる事が多いではないか!」
「兵衛様、今回は本当に知らないのです、本当です!」
裕紀と兵衛にジトメで見られ、居心地悪そうに亀三は身じろぐ。
そんな亀三にとって針の筵 のような状態が一週間ほど続いたある日、宮司である養父は何食わぬ顔で帰ってきたのである。
げっそりとした顔で迎える亀三に、「何かあったか?」と、人ごとみたいに聞く宮司であった。
------
時は遡 る。
陽の国から自分の神社に戻るやいなや裕紀の養父は寺社奉行 ・佐伯 に会いに行ったのである。
寺社奉行所の門番に、宮司姿の養父は声をかける。
「よぉ、佐伯は居るか?」
「これは間宮 様ではありませぬか! お久しぶりでございます。
奉行は出仕しておりますれば、どうぞお入り下さいまし。」
「ああ、じゃまするよ。」
そう言って宮司はスタスタと玄関先に向かう。
その様子を見ていた若い門番が、宮司を通した門番に聞く。
「一介の宮司など、お奉行様にお伺 いしないで通して良いのですか?」
「うん? あぁ、そうかお前は知らんのか・・。」
「え?」
「まぁよい、お前は知らないでよい事だ。」
「?」
「だが、これだけは心せよ。
あの方が来たなら、何がなんでもお奉行に会わせるのが先決なのだ。
あるいはあの方から何かを頼まれたら、即座にお奉行かその配下のお偉 ら方に即座に知らせよ。」
「へ?」
「もし、あの方の素性を探ったり、あの方の申し出を他言したりしたら・・。」
「したら?」
「お前の首は胴から離れる。」
「え! ご冗談を!」
「冗談ではない。」
「!」
「よいな、あの方の言うことは絶対だと思え。」
「・・・はい。」
寺社奉行所の中に入った宮司は、勝手知ったる家のようにスタスタと廊下を歩く。
会う者達は会釈をし、道を宮司にゆずる。
やがて奥の間につくと、閉じられていた障子を無造作に開けた。
その部屋では寺社奉行である佐伯が、机に積まれた書類を見ていた。
「なんじゃ、儂 は忙 しい。」
そういって書類から目を離さず、左手を振る。
とっとと出て行け!という事であろう。
「おお、仕事をしているとはな。」
「?!」
宮司のその声を聞き、佐伯はガバリと顔を上げた。
「間宮! お前・・・。」
「ん?」
「来るなら来ると前ブレを出せ!」
「そんなもの、出すか。 面倒臭い。」
「お前な~、ここは寺社奉行所だぞ・・・。」
「だから何だ?」
「はぁ・・、まぁよい、で、何だ今日は?」
「ん? その前にお茶を出さんか、喉 が渇いておる。」
「はぁ~・・、お前という男は・・、儂 は仮にも奉行だぞ?」
「知って居る、儂は一介のしがない宮司だ。」
「・・ふむ、ちゃんと分かっておって言っておるのだな?」
「当たり前だ、お前と違ってボケてはおらん。」
「だれがボケだ! ええぃ! 茶だ、茶を持て!!」
「ははっ!」
廊下から部下の返事があり、廊下を離れていく気配がした。
「で、用件を先に話せ。」
「ああ、その前に・・。」
そう言って宮司は天上を見た。
「お奉行・・・。」
天上からくぐもった声がする。
「間宮、儂の腹心だ、彼に聞かれては困るのか?」
「まぁな、だから廊下の者にも茶を頼んで追っ払ったのだ。」
「・・・分かった。」
佐伯がそう言うやいなや天上から気配が消えた。
「彼奴 は優秀で、今まで人に気配を悟 られたことはないのだが・・。」
「なら、修行が足りんという事だ。」
「ううぬ・・、お前が異常すぎるのだ!」
「そうか? 儂も年だぞ、そのような者に悟られるようでは修行がたりん。」
「はぁ・・、まぁよい、で、どいう用事だ?」
それから二人は内密な話しを行ったのである。
数日後・・・。
城中の隠し部屋に二人はおり、平伏 していた。
すると上座の一段高い場所にある襖 がゆっくりと開かれ、誰かが入ってきた。
そして音も無く座る気配とともに、扇子 をパタリと手で叩く音がする。
「殿におかれましては・」
「堅苦しい挨拶はいらぬ。」
「ハハッ!」
「間宮、畏 まるな、それに佐伯もだ。」
「そうですか、では・・。」
そう言って真っ先に顔を上げ、姿勢を崩したのは宮司である間宮であった。
「お前な、いくら殿がそう申してもだ・」
「よい。」
「殿・・・。」
佐伯は殿に何か言おうとしたが、殿が目線でそれを止めた。
「で、間宮よ、めずらしいな、お前自 ら儂に会いたいとは。」
「まぁ、国の一大事なので。」
「一大事?」
「はい。」
殿は何度か瞬きをした後、佐伯を見る。
佐伯は首を縦に振った。
「で、一大事とは?」
「このままでは、息子が授かった御神託が実行できず神罰が下るでしょう。」
「!」
その言葉に殿は息を呑んだ。
養父はというと、”出かけてくる”という一行の書き置きを残しいつの間にか居なくなっていたのである。
宮司は神社の最高権力者である。
その宮司が誰にも告げずにメモで「出かけてくる」と一言残し居なくなるなどあってはならない。
ならないのだが・・、実際にあるのである。
社務所で裕紀はため息をつく。
今、社務所には叔父である
裕紀は兵衛に養父の行き先を聞いた。
「なあ兵衛、養父様はどこに行ったのでしょうか?」
「私に聞かれても困ります。
「私ですか?! 知りませんよ。」
「じゃが、お前はそう言って
「兵衛様、今回は本当に知らないのです、本当です!」
裕紀と兵衛にジトメで見られ、居心地悪そうに亀三は身じろぐ。
そんな亀三にとって針の
げっそりとした顔で迎える亀三に、「何かあったか?」と、人ごとみたいに聞く宮司であった。
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時は
陽の国から自分の神社に戻るやいなや裕紀の養父は
寺社奉行所の門番に、宮司姿の養父は声をかける。
「よぉ、佐伯は居るか?」
「これは
奉行は出仕しておりますれば、どうぞお入り下さいまし。」
「ああ、じゃまするよ。」
そう言って宮司はスタスタと玄関先に向かう。
その様子を見ていた若い門番が、宮司を通した門番に聞く。
「一介の宮司など、お奉行様にお
「うん? あぁ、そうかお前は知らんのか・・。」
「え?」
「まぁよい、お前は知らないでよい事だ。」
「?」
「だが、これだけは心せよ。
あの方が来たなら、何がなんでもお奉行に会わせるのが先決なのだ。
あるいはあの方から何かを頼まれたら、即座にお奉行かその配下のお
「へ?」
「もし、あの方の素性を探ったり、あの方の申し出を他言したりしたら・・。」
「したら?」
「お前の首は胴から離れる。」
「え! ご冗談を!」
「冗談ではない。」
「!」
「よいな、あの方の言うことは絶対だと思え。」
「・・・はい。」
寺社奉行所の中に入った宮司は、勝手知ったる家のようにスタスタと廊下を歩く。
会う者達は会釈をし、道を宮司にゆずる。
やがて奥の間につくと、閉じられていた障子を無造作に開けた。
その部屋では寺社奉行である佐伯が、机に積まれた書類を見ていた。
「なんじゃ、
そういって書類から目を離さず、左手を振る。
とっとと出て行け!という事であろう。
「おお、仕事をしているとはな。」
「?!」
宮司のその声を聞き、佐伯はガバリと顔を上げた。
「間宮! お前・・・。」
「ん?」
「来るなら来ると前ブレを出せ!」
「そんなもの、出すか。 面倒臭い。」
「お前な~、ここは寺社奉行所だぞ・・・。」
「だから何だ?」
「はぁ・・、まぁよい、で、何だ今日は?」
「ん? その前にお茶を出さんか、
「はぁ~・・、お前という男は・・、
「知って居る、儂は一介のしがない宮司だ。」
「・・ふむ、ちゃんと分かっておって言っておるのだな?」
「当たり前だ、お前と違ってボケてはおらん。」
「だれがボケだ! ええぃ! 茶だ、茶を持て!!」
「ははっ!」
廊下から部下の返事があり、廊下を離れていく気配がした。
「で、用件を先に話せ。」
「ああ、その前に・・。」
そう言って宮司は天上を見た。
「お奉行・・・。」
天上からくぐもった声がする。
「間宮、儂の腹心だ、彼に聞かれては困るのか?」
「まぁな、だから廊下の者にも茶を頼んで追っ払ったのだ。」
「・・・分かった。」
佐伯がそう言うやいなや天上から気配が消えた。
「
「なら、修行が足りんという事だ。」
「ううぬ・・、お前が異常すぎるのだ!」
「そうか? 儂も年だぞ、そのような者に悟られるようでは修行がたりん。」
「はぁ・・、まぁよい、で、どいう用事だ?」
それから二人は内密な話しを行ったのである。
数日後・・・。
城中の隠し部屋に二人はおり、
すると上座の一段高い場所にある
そして音も無く座る気配とともに、
「殿におかれましては・」
「堅苦しい挨拶はいらぬ。」
「ハハッ!」
「間宮、
「そうですか、では・・。」
そう言って真っ先に顔を上げ、姿勢を崩したのは宮司である間宮であった。
「お前な、いくら殿がそう申してもだ・」
「よい。」
「殿・・・。」
佐伯は殿に何か言おうとしたが、殿が目線でそれを止めた。
「で、間宮よ、めずらしいな、お前
「まぁ、国の一大事なので。」
「一大事?」
「はい。」
殿は何度か瞬きをした後、佐伯を見る。
佐伯は首を縦に振った。
「で、一大事とは?」
「このままでは、息子が授かった御神託が実行できず神罰が下るでしょう。」
「!」
その言葉に殿は息を呑んだ。