第178話 地に落ちた神獣

文字数 2,559文字

 くそう! 何で俺が!

 そう思い、天を仰ぐ。
今まで幾度ともなく思い返しては呪った。
俺を天から地上へと追放した彼奴(あやつ)を。

 だが、あるとき突然彼奴が神の国から追放されたのだ。
それも同胞ともいえる者どもに(おとし)められて。

 それを知ったとき、腹の底から笑いがこみ上げてきた。
傑作だ。
可笑しすぎて涙が出る。

 彼奴は自分が()でた人間により、人の血を飲まされたのだ。
血で穢された彼奴は正気を失い、人間達を無差別に殺戮をした。
その結果、人により結界の中に封印されのだ。

 これを傑作と言わずして何と表現するというのだ。

 これほど愉快な事はない。
(わし)は喜しさのあまり小躍(こおど)りをした。
溜飲が下がり、心の平穏を取り戻したのだ。

 だが、それも束の間(つかのま)の事であった。

 彼奴は封印が解かれ、地上に出てしまったのだ。
もう少しで封印されたままこの世から消え失せたというのに。
そう・・・もう少しだったのだ。
封印され身動きできずに人を呪いながら朽ち果てた姿となるのは。
何という悪運の強い奴だ。

 だが、これはこれで良かったのかも知れぬ。
彼奴にかけられた結界は、儂では壊すことも通り抜けることも出来なかったのだ。
つまり結界が彼奴への復讐を邪魔したのだ。
結界が無い今、儂は彼奴に復讐をすることができる。

 さらに彼奴を閉じ込めた結界は、彼奴の体力と寿命を長きに渡り削っているのだ。
さぞかし彼奴は弱っている事であろう。

 今なら彼奴を屠る(ほふる)ことは容易(たやす)い。
だが、正面から彼奴に勝負を挑むほど馬鹿ではない。
無傷で勝てる相手ではないのだ。

 ならば(から)め手で攻略するのが一番だ。

 さて、どう料理してやろうか?
何か良い方法はないものか・・・。

 彼奴は人間などという生き物を愛でている。
ならばあいつを()めるには、人を使うのが一番であろう・・。
一度ならずとも二度も人により嵌められたと知った彼奴の顔を見るのも一興だ。

 さて・・、ならば・・どうする?

 彼奴は今、霊山の(ねぐら)で寝ている。
おそらく体力の回復を行っているのであろう。

 回復したら・・彼奴は何をする?
・・・
おそらく自分を()めた奴等(やつら)へ復讐に行くに違い無い。
儂ならばそうする。
彼奴もそうに違いない。

 その時を狙えばよい。
何か良い方法は無いのか?
彼奴が嵌まるような罠となる何かが?
う~む・・・・。
人、人、・・・人・・、人と関わる何かが・・。

 そうだ! 彼奴が神から初めて人への使いを頼まれて行った場所があった!
そうだ、そうだ・・確か、今は斎木(さいき)村とか言っておったか・・。
彼奴はおそらく人の姿で、嵌めたやつらのいる緋の国とやらに向かうはずだ。
その途中に斎木村があるではないか!

 ふふふふふ、これは良い! これは良いぞ!
これは使える!

 そう言って天龍である青陵(せいりょう)は口の端を上げた。

ーーーー

 青陵が白眉(はくび)と知り合ったのは、成獣となり神に仕えた時であった。

 青陵は白眉に会った瞬間、反り(そり)が合わないと直感した。
そもそも青陵は天龍、白眉は地龍という種族で、部族間で反目(はんもく)しあっている。
神に仕える建前上、表だっては争うことはない。
だが、長老達は相手側が気に喰わず仕事以外で交流などしたことはなかった。
そのため青陵も和やかに初対面で白眉に挨拶はしたが、決して友人になる気はなかったのだ。

 そして白眉と知り合って、仕事をするうちにさらに白眉を嫌いになった。
それは白眉が人間を愛でていたからだ。

 青陵(せいりょう)は人間が嫌いであった。
同族同士でいがみ合い、だまし合い、殺し合う。
それも寿命が短いというのにだ。
短い寿命をくだらない権力と、金なる無意味な物に執着する理由がわからない。
そしてなぜ神が、そんな生き物である人に慈愛の目を向けるのか理解に苦しむ。

 このため白眉(はくび)の顔を見るのもいやになった。
さらに人が天龍と地龍を同じだと思っている事を知り、人嫌いに拍車がかかったのだ。

 それというのも、天龍と地龍はまったく別の種族だ。
だが人間は地上に降りてきた龍が地龍となり、天に昇るとき天龍となると信じていた。
なぜそのように人間が思うかは分からぬが、所詮、地上界に住む下等な生き物だ。
真実を知る(すべ)も無く、その程度のことしか考えられないのが人間。
そう青陵は思っていた。
さらにいうならば青陵はプライドが高かった。
だから尚更、天龍と地龍が同じと思われ憤慨したのであろう。

 幸いなことに青陵と白眉は一緒に神の仕事をする事はなかった。
青陵は主に天界での仕事をし、白眉は天界と地上とのやり取りの仕事をしていた。

 そんな有る日、青陵は気晴らしに地上界に降りたのだ。
天空を舞い、霊峰の頂に立ち、下界を見下ろした。

 「ふむ、天界と違い(たま)には地上界を訪れるのも悪くはない。」

 そう青陵は独り言ちした。
別に人間のいる星で無くてもよかったのだが、地上に這いつくばる人間を見下ろして馬鹿にしたかっただけで来たのだ。
そう・・人の子供と同じ気持ちである。
地を這いつくばって歩き回る蟻を見ていたいという心理だ。

 だがこの時、青陵は悪戯(いたずら)心を起こした。

 霊峰から見下ろした時に、堤防工事をしている人間を見かけたのだ。
それを見て、フン! と、皮肉げに鼻で笑った。

 あくせく汗を流して堤防を補強しておるが、設計はなっていないし、それに手抜き工事をしておる。
まったく人間というやつは馬鹿な奴等(やつら)だ。
この工事の意味はなく大雨が降れば簡単に決潰(けっかい)をするだろう。
この工事で意味があるとすれば、一部の人間の(ふところ)が豊かになり、一部の者が新たに権力を握るだけであろう。
貧乏くじは堤防の傍に住んで真面目に生きている貧乏人だ。
大雨が降り堤防が決壊すれば、堤防付近の者達の大半は助からんだろう。
そう思った。

 ならば儂が今、堤防を決壊させても誰も文句は言わないであろう。
堤防の決壊が今になるか、後になるかの違いだけだ。
それに蟻のように人が流されるのを見るのも面白い。

 人の小さい子が蟻を見て何も考えずに手で(つぶ)したり、足で踏んづけてみるのと同じだ。
悪気も罪悪感もない。
ただ、やってみたい、面白いと思っただけなのだ。

 すこしの間、霊山で堤防工事が完了するのを待った。
堤防工事が完了すると、青陵(せいりょう)は雨雲を呼び豪雨を降らせる。
豪雨といっても自然界ではあり得る規模の豪雨である。
豪雨によりやがて簡単に堤防は決潰し、予想通り人々を押し流した。
この状況を見て青陵は満足し天界に帰った。
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