第129話 結界に閉じ込められた龍・白眉  その2

文字数 2,149文字

 目を眇め(すがめ)帝釈天(たいしゃくてん)から、白眉(はくび)は目をそらさなかった。

 そして帝釈天に淡々と話し続ける。

 「私に人の血を飲ませた張本人の子孫が他国に逃れています。」
 「ふむ・・、だが、子孫であろう?
遠い昔のことなど人は忘れておろう?
人の生は短い、儂ら(わしら)転た寝(うたたね)をする時間よりもな。
そのような者に何故執着をしておる?」

 「私に血を飲ませた者は、私の(ひげ)を手にいれました。」
 「なんだと!」
 「そして、それを家宝として子孫に伝えているのです。」

 「待て! そもそもお前の髭など人に切れるものでは無いであろう?!」
 「その者は呪術者です。
その昔、地に降りた神の眷属が人と交わりできた子の子孫なのです。
龍の髭ならば斬ることは簡単ではありませんが、できます。」

 「・・・なるほど・・。
だが、なぜ人がお前の髭など欲しがる。
命をかけても欲しいものとも思えんが?」

 「彼らは代を重ねる度に、眷属の能力が無くなってきていたのです。
それを補うために、私の髭が必要だったのです。」

 「そうか・・・。
ん?
待てよ・・。
お前の髭が必要だっただけであろう?
ならば、お前に血を飲ませ穢す(けがす)必要などないではないか?」

 「本来はそうです。
ですが、私の髭を手にいれるはそう簡単ではありません。
私の(ねぐら)の情報、護衛、髭を切るための特殊な剣など。
莫大な金と情報、武芸に秀でた者が必要となります。
つまり国からの援助が必要だったのです。
だから国の為政者に、龍を使役してみせると言ったのです。
彼らには龍など操れる能力など無いのですけどね。
龍の使役という言葉に為政者が飛びついて、援助をしたんです。」

 「・・・それがなんでお前に人の血を飲ませる事になる?」
 「国の為政者に龍の使役をしている所を見せないとどうなると思いますか?」
 「なるほど・・そういうことか・・。」
 「ええ、推察している通りです。
髭を手にいれたら、自分は死んだように見せるのです。
そして証拠隠滅のため同行した者達を処分をする。
そのためだけに、私を利用したのです。
人の血を飲ませ暴れさせて。
結果、彼の思うとおりに事が運びました。
そして彼は他国に亡命したのです。」

 「・・・それが事の真相か・・。」
 「はい。
ですが、これは私の油断によるものが大きいのです。
神には全く関係のない事柄です。」
 「まあな、確かに・・・。」

 「髭を手にした者は、それで薬を作り自分の力を安定させました。」
 「眷属の力をか・・。」
 「はい、ただし維持だけで祖先のような強大な力には戻れません。」
 「ふむ・・、そもそも、どういう力なんだ?」
 「人を操る(あやつる)力です。」
 「操る?」
 「はい。
対象となる人物の魂を弄る(いじる)力です。
それにより人を自分の考えたとおりに操るのです。
ただ、操られる者は魂を弄られる前と変わらないように見えます。
今までと変わらない態度で会話もするし、食事の嗜好や仕草もかわりません。
ですから弄られているかの判別はできません。
弄られた者は、術者の言われたことは絶対に守ります。
そして術者を身に変えても守るんです。
それが操られる者の生きる喜びとなるのです。」

 「なるほどな、人にとってはされたらたまらんな。」
 「私は人により血で穢され(けがされ)正気を失い、人を襲いました。
幸い飲んだ血が少しですんだため、正気に戻ることができましたけどね。
理由はどうあれ罪なき多数の人々を襲ったのは事実です。
罪をつぐなうため、このまま朽ちることに異存はないのです。
ですが、私が髭を取り戻すか髭を消滅させねば術者のし放題となります。
そもそも、あの力は己の利害のために使ってはいけないものなのです。
それが眷属(けんぞく)との約束だったはずです。
それを破っているのです。」

 「なら、その眷属が対処をするが筋であろう?」
 「いえ、その眷属は絶えています。」
 「?!」
 「人の信仰が時代を経るに従いなくなり、そのため消滅しました。」
 「そうか・・。」

 眷属とは神の(しもべ)である。
眷属は神が直接生み出すものと、人の信仰により生まれるものに別れる。
人の信仰により生み出された眷属は、人の信仰がなくなると消滅する。

 昔の人は自然を畏れ(おそれ)、いたるところに神がいると信じていた。
八百万(やおよろず)の神々という考え方である。
それは山や、川、野原、神社で多くの祠を見かける事からもわかる。
かなりの数の祠が実在している。
この祠の数だけ、本来は眷属が存在するのだ。
眷属は、人々が祠に祈りを捧げることで生まれる。
だが、時代とともに祠にお参りする人が減少している。
そして一方で朽ち果てる祠も多数ある。
ダム湖に沈んだり、廃村、別の道が整備され人が通らなくなった古道の祠などだ。
そして、道を広げたり、建物を建てるため撤去され無くなった祠などもある。
信仰がなくなった祠の眷属は、消えるしかないのだ。

 白眉の話しは続く。
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